斉藤昌美

いまや、世界で一番栽培されているといわれる「ふじ」
そのふじを育てた人が斉藤昌美氏である。
ふじは産まれた時は、味の素晴らしさは多くの人から認識されていたが、着色が思うようにならないで、必ずしも生産者から支持されないでいた。
しかし、斉藤昌美氏は、その特性の素晴らしさを見抜き、導入していった。
昭和43年産「山川市場」と言われた、「国光」「紅玉」を大量放棄した事件をきっかけに、県内にもふじ導入の機運が起き、その後は短期間に導入された。
それには斉藤昌美氏を始め、各地の先駆者たちが「ふじ」の実績を上げていたことが大きかった。
またこれらの先駆者たちから大量の穂木が生産者に供給されていった。

「ふじ」導入だけでなく、国光の時代から斉藤氏は生産技術においては長けていた。
そして多くの生産者の指導にも功績を残した。
今でも斉藤氏から師事を受けたと言う、生産者は多い。
これらの功績を称え、斉藤氏の地元では斉藤昌美顕彰会を創立して、今でも遺徳を偲んでいる。