部活の暴力を根絶するには
2018年、岩手県立不来方高校バレー部員であった3年生が部活で苦しみ、遺書を残し命を絶った。罵詈雑言を繰り返され、プライドはズタズタに引き裂かれ、夢も希望も断ち切られた悔しさは想像を絶する。
なぜ、部活の暴力は根絶出来ないのか。思うに、まず指導技術の未熟さである。これを補う為に使う言葉の暴力と有形力の行使。いずれの暴力も恐怖で相手を支配しようとする手段である。指導力の高い顧問には不要な行為である。
次に、部活の成果によってマウンティング的思考(優生思想的考え)を観たそうとする大人達の存在だ。つまり「名誉欲」である。顧問、保護者、学校経営者、大同小異である。これには限界がない。その結果、子ども達の人権は機能不全に陥り、教育的観点は死角に入るという構造である。
口癖は「激励のつもりで」。激励か暴言か区別できない言葉の弱さ。部活を指導すす前に言葉を鍛えることを勧めたい。言葉の暴力は未熟な子ども達の精神活動を破壊する力が潜んでいることを知るべきである。
「熱心な余り」。これは、学校経営者の口癖である。人権侵害を繰り返し給料を稼げる職場、学校以外に聞かない。
「暴力」を「聴く力」に置き換え、「やればできる」と肯定語を多用。これは子ども達が持っている景色である。
学校経営者及び暴力教員は、自殺した生徒にどんな償いをするのか。少年の命は戻らない。
以 上