手話を見たことがありますか

  手話で話されている光景を見て、健聴者はどんなイメージを抱くだろうか。暗い、不安なイメージを抱かないだろうか。一方、聴覚障がい者は不自由な生活を強いられている。健常者用のフィールドを強いられているからである。
  私の自慢の孫は聾学校高等部2年。先般、全国障害者スポーツ大会派遣選手陸上競技強化練習に参加。空手を愛し二段を目指している。さらに、作文、版画を好む。
  確かに、聾者は無言でいれば健聴者との区別がつかない。「聾であることを人に知られたくない」という聾者は無言でいればいい。しかし、これでは「情報障害」に陥りやすいと考える。
  そこで、健聴者が聾者に対し抱きがちな暗いイメージを払拭するため、求められるのは「積極的」な行動であると考える。
  例えば、病院に行った際「私は耳に障害があります。手話は使えます。筆談も使えます」と。また、災害時の避難場所で「手話通訳をお願いします」と。積極的に言える大人に成長して欲しいと願っている。
  その際、武器になるのが「自信」である。自信は「勇気」を誘発する。今、孫が挑戦している全ては「自信」獲得のための助走であると考えている。
  私は、孫の自信獲得の為に心がけているのは「雑談」。その際、「聴く」ことに徹し、「個性」を潰すことのない様に注意を払っている。