忍び寄る優生思想


  障がいの有無や人種などを基準に優劣をつけようとする優生思想。法学館憲法研究所「今週の一言」で鈴木静愛媛大学教授は「優生思想的な考えが、実は誰の中にもあるのではないか」と指摘する。
  確かに、優生思想の空気は満ち満ちている。典型は、学歴・職歴・経験などの属性に縋り付く面々。そして、権力者を批判する人を批判して優越感に浸る面々。しかし、これらは「自信」喪失の裏返しでもある。自分に「自信」のある人は他者と比較する必要性がないからだ。つまり優生思想は不要なのだ。
  不確かな、不透明な時代である。「個」をしっかり磨いていないと一気に飲み込む土壌。ところが、レースの様な人生からはその胆力は培われない。そこで、最後の砦として登場するのが「優生思想」である、と見ている。
  「排除の論理」が闊歩闊歩する「優生思想」。その一方で、常に自分が排除の対象になることに怯えることになる。このスパイラルの怖さを教示したのは600万人以上のユダヤ人を虐殺したナチスである。