一読を勧めたい一冊の本
〜学校が変われば、社会は必ず変わる〜
「学校の『当たり前』をやめた」(著者:千代田区立麹町中学校長工藤勇一 / 発行:時事通信社 / 定価1,800円+税)。
とにかく圧倒された。宿題は必要ない。クラス担任は廃止。中間期末テストも廃止。淡いひかりが差し込み、希望に満ち満ちた心地よさを感じさせる。
・「今、日本の学校は自律を育むことと、真逆のことをしてしまっている様に感じます」
・「学校は子ども達が『社会の中でよりよく生きていける様にする』為にあると私は考えます」。
・「その為には、『自律』する力を身に付けさせていく必要があります」。
ところが、なぜか学校では「自律」の力の重要性を教えない。とても不思議である。理由の一つに教員の質の劣化が考えられる。他業種に比較し教員が軽くなっている印象を拭えないのだ。教員の多くは優生思想的な考えに支配され、「自律」の力は不要という体臭さえ感じる。
だとすれば、指導要綱に従って教壇に立つ、という教員の仕事はとても楽な仕事となる。教員採用試験の倍率が高いのも頷ける。ところが、教える技術の未熟さを「脅す」「体罰」「強制」という凶器に頼らざるを得なくなる教員も浮き彫りになるのだ。教育を受ける権利を保障されている子ども達にとっては、とても不幸なことである。
思い出すのは、認知症は公務員に多い。中でも教員に多い。理由は最も頭を使わない職業だからだ、と専門医の著書に記していたことだ。これはまだ、認知症という呼称が浸透していない時の話である。
・「手段が目的化している」
この指摘は鋭い。社会では蔓延している。端的な例が民主主義である。人権保障の為の手段である民主主義がしっかり目的化している。
今大流行の「第三者委員会」しかりである。
・「自立心の欠如は大人になってからも何か壁にぶつかると『会社が悪い』『国が悪い』と誰かのせいにしてしまう」
これは、主権者の放棄である。そのツケが全て自分の身に降り掛かってくることに気付かない。気付くはずがないのだ。これは悲劇的である。
「成功することは素晴らしいが、人間成長することはもっと素晴らしい」。これは、私の好きな言葉の一つである。
多くの人々がこの本に触れ、心地よさを感じて欲しい。中でも、教員には業務上あるいは定年後の為にも一読を勧めたい。
以 上