黒鯛ってどんなお魚?


−行動と生理−


黒鯛と言えば、私たちは磯を第一に思い出すが、彼らの主な生活場所は内湾の砂泥底であり、
しかも、人里のすぐ近くにまで出没する。
一般に岸近くの海の生物相は、沖合の深みに比べてはるかに豊かで、魚類の餌場としてすぐれた環境である。
そのような浅い海に生活圏を広げたのは、チヌにとって賢明な戦略であると言えよう。
その反面、岸近くでは敵に出会う機会も多く、強い警戒心と敏捷性が要求されるに違いない。
危険を予知するのは主として聴覚と視覚である。
水中では見える範囲が限られているが、音は空気中より早く遠くへ伝わるから、捕食者や餌の動きを知るために、
聴覚は最も重要である。潜水観察では、クロダイは異常な音に対して敏感に反応する。
チヌ釣りで無神経に音を 立てるのが嫌われるのは当然である。他の魚と同様にクロダイも近眼であるが、
水槽内や野外での観察から、磯魚の中では目がよいほうである。ただし、
網膜の構造と機能を 調べた実験では、クロダイは色盲だとされている。
魚類は人間と同様に味蕾で味を感じる。魚の味蕾は哺乳類と違って、
舌上だけでなく 唇、口蓋、えらにもあり、体表にまで広がっている種類もある。
魚は顔や体全体で味を感じているわけで、
餌の味ばかりか水中に解けているいろいろな物質の味もわかるのである。

クロダイの味覚もその通りだが、擬人的にいえば、汚染された環境にも割と強く、
いかもの食いで有名なこの魚の味覚はあまり優秀ではないのかもしれない。


チヌ釣りでの撒餌の効果は臭覚もよく発達している証拠である。
よくクロダイは夜行性だといわれる。確かに夜釣りでは釣りやすいが、
紀州釣り、備中釣りなど著名な釣りかたは昼間に行われる。
潜水観察によると、チヌは単独または小群で活動しているが、
行動はむしろ緩慢で、採食は夜明けと日没の前後である
だから、この魚の一日の行動パターンは薄明薄暮型というべきであろう。
ただし、海が濁っている時は、日中でも活発に餌を求める。
夜釣りの経験でも時合いは日没後2時間ぐらいが狙い目の時間帯であろう。


クロダイは北日本にまで分布しているが、この仲間は元来南方系の魚で、低温にはあまり強くない。
したがって、冬季は水温が著しく下がる浅瀬から姿を消す。
水族館のテストでは、クロダイの低温致死限界は4,5度で、6〜10度では冬眠状態に近く、
ある程度活発に行動し餌もよく食べるのは12度以上である。
適温の上限は西日本産の多くの磯魚と同様28度前後であろう。
キヂヌはクロダイより低温に強いといわれている。ヘダイの適温の下限はクロダイよりやや高く、
琉球にしかいないミナミクロダイ他3種のそれは、沖縄の冬の平均水温から17度以上と考えられる。
北陸地方でカワダイと呼ばれるように、クロダイは低塩分に耐えられ、河口の汽水域にもやってくる。
とくに幼魚期には塩分がほとんどない川の下流域にまでさかのぼることがある。西日本に普通の3種では、
キヂヌが最も低塩分に強く、クロダイがこれに次ぎ、ヘダイは幼魚期を除いてむしろ低塩分の水域を好まない。

 
−食性−

 
  主食はゴカイ類、小型の甲殻類、貝類など底生動物である。
濁りを好む魚と言われ、チヌ釣りでは赤土やヌカのダンゴがよく用いられる。
自然環境での濁りとは、主に海底の泥のせいで、その中にはチヌの好物の底生動物が潜んでいるのだから、
ひきつけられて当然だ。この習性を利用したのが古くから行われている濁し釣りである。
このように元来は肉食性だが、食性の幅は広く、海藻類も食べる。。
また、人里に近い海では、家庭の残飯などもあさる。
前章で述べたように、強い臭気(多くは蛋白質の変質したにおいである)に引かれることから
腐肉食性(他の動物の死骸を食べる)も併せ持っているようで、げてもの食いと言われるわけである。

 
−性の転換−


 クロダイは性転換する魚として有名である。
幼魚期はすべて雄で体調10cmをこえると精子ができる。15〜25cmの魚は機能的には雄だが両性型で、
左右の精巣の内側に卵 巣も備えている。
25〜30cmで性の分化が終わり、雄または雌(多くは雌)になる。年齢別に見ると、1年魚は雄だが未熟。
2年魚の大部分は両性、3,4年魚では雄または雌のほかに雄の機能を有する両性型があり、
5年魚以上でほとんどが雄雌いずれかに分離する。
このような雄性先熟の性転換は、ヘダイ亜科
 


−産卵と成長−


 クロダイの産卵期は4〜6月で、ふだんの生息場所で産卵する。
卵は球形の浮性卵で径 0.83〜1.03cm 、油球1個をもつ。
受精卵は水温19度前後で40〜45時間後に孵化する。孵化直後の仔魚は全長約2oで、大きな卵黄をかかえ、
口やひれはまだできていない。孵化後3日目で全長3.1〜3.4cmとなり卵黄はほとんど吸収される。
全長9cm位で頭部に黒い色素が現れる。この頃までの体は非常に細長いが、その後次第に体高を増し、
孵化後約一ヵ月ごろには体側に3〜5条の横縞ができてくる。
この頃までは動物性プランクトンを餌に、浮遊生活を送るが、やがて底性生活に入り、姿もクロダイらしくなる。
浮遊期の仔魚の生息場所は長らく謎とされていたが、高知県で行われた最近の研究で、
意外にも水深1メートル以内の波打ち際にいることがわかった。


春に産まれた仔魚は、11月には10cm位になる。
鱗の年輪から推定されるクロダイの成長は1年で体長12cm、2年で19cm、3年で23cm、
6年で28cmだから、50cm級の大チヌになるにはかなりの年数を必要とする
わけで、
「年なし」と呼ばれるのもうなずける。
ヘダイの産卵期は晩春、キヂヌは秋、ミナミクロダイは冬に産卵する。
クロダイの全長は70cm位、キヂヌは40cm、ヘダイは45cm、
ミナミクロダイも45cmになるナンヨウチヌはインド沿岸では90cmにもなるらしい。
ゴウシュウキヂヌもオーストラリアでは60cm級の記録がある。
 
                  

−繁殖−


 多くの沿岸魚と同様に、クロダイの資源も枯渇の運命にあった。
かつてチヌの海と呼ばれた大阪湾でも、年間50〜60匹あった府下の漁獲高が
1967年ごろにはわずか数匹に落ち込んでしまった。
しかし一方では高級魚であるクロダイの人工増殖の研究が、ほぼ20年前から着実に進められ、
最近では各地の水産試験場や栽培漁業センターで大量の稚魚が育成されるようになった。

近畿大学水産研究所では、真鯛とクロダイ(1964年)、真鯛とヘダイ(1967年)の雑種つくりにも成功している。
大阪府水産試 験場では1974年頃からクロダイの種苗生産技術を確立し、
チヌの海復活をめざして 精力的に稚魚放流を続けている。
その結果、年間数匹に減っていた大阪府の漁獲高が、2ケタ台に回復している。
種苗生産〜放流事業が軌道に乗っても、肝心の漁場の環境が悪くては無意味である。
クロダイ幼魚が育つ浅海の環境の解析と、その結果にもとずく漁場の整備事業も、
香川県水産試験場を始め各地で始まっている。
このようなニュースは釣り人にとっても大きな福音である。釣り師自信も漁場の浄化に努めるのは勿論、
乗っ込み抱卵魚の多獲は慎むなどの方法で、チヌの資源確保に一端の協力を惜しんではなるまい。








「黒鯛の釣りかた」から引用させていただきました。<m(__)m>