(せいかい げんべえ)
 
海 源兵衛  
 1673年〜不詳(廷宝元年〜)


1) 津軽藩藩主・津軽信政おかかえの塗師・池円源兵衛の子どもとして生まれる。
 幼い頃の名前は源太郎という。
 父のあとを経いで、18歳の時、蒔絵師小野井四郎左衛門の所に弟子として入った。
2) 1697年、信政が参勤交代で江戸へ出る時、雑用夫となってー緒に従い、長い間の夢だった父の師匠に当たる蒔絵師・青海太郎左衛門の所に入門する。

 八年に渡る修業ののち、秘伝の青海波塗の教えを授けられ、二代目の源兵衛を名乗って帰国する。

 ある日、源兵衛が漆盤を洗っていたある時、こびりついた漆がなかなかとれないため、その凹凸を砥石で丹念にこすっていると、さまざまな色が雲状の模様となって現われてきたことから、この模様を生かすことを思い立った。
3)  ここから唐塗の技法が生まれ、素晴らしいと評判になった。
 そして、日本中に源兵衛の名が知られるようになった。

 源兵衛が生み出した唐塗は、その後、津軽の中で様々な塗物に発展していき、「京春涼塗」(きょうしゅんけいぬり)「溜塗」(ためぬり)「黄色塗」(きいろぬり)等の技法が生まれた。
4)  唐塗(からぬり)も、これらと並ぶ技法の名として扱われるようになり、明治維新後、津軽の特産品として売り出された時、これ等の技法をまとめて津軽塗と呼ぶようになった。