| (せいかい げんべえ) 青海 源兵衛 1673年〜不詳(廷宝元年〜) 1) 津軽藩藩主・津軽信政おかかえの塗師・池円源兵衛の子どもとして生まれる。 父のあとを経いで、18歳の時、蒔絵師小野井四郎左衛門の所に弟子として入った。 |
八年に渡る修業ののち、秘伝の青海波塗の教えを授けられ、二代目の源兵衛を名乗って帰国する。 ある日、源兵衛が漆盤を洗っていたある時、こびりついた漆がなかなかとれないため、その凹凸を砥石で丹念にこすっていると、さまざまな色が雲状の模様となって現われてきたことから、この模様を生かすことを思い立った。 |
そして、日本中に源兵衛の名が知られるようになった。 源兵衛が生み出した唐塗は、その後、津軽の中で様々な塗物に発展していき、「京春涼塗」(きょうしゅんけいぬり)「溜塗」(ためぬり)「黄色塗」(きいろぬり)等の技法が生まれた。 |