
青森ねぶた正調囃子が制定されたのは、今から約150年前の弘化4年(西暦1847年)です。記録によると、当時は
旧暦の7月1日から7日までねぶたが運行され、囃子は7日間その日その日によって異なり、大要下記のような調節と
意味をもっていたといわれています。
(カッコ内は意味)
7月1日の囃子は八節(迎える、呼ぶ、祈る、感謝・・・・・・・・・・・・・・他)
7月2日の囃子は七節(誼み、受ける・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・他)
7月3日の囃子は七節(降る、下界、沈める、除く・・・・・・・・・・・・・・他)
7月4日の囃子は八節(乱舞、喜ぶ、遊ぶ、踊る・・・・・・・・・・・・・・・他)
7月5日の囃子は八節(乱舞、喜ぶ、遊ぶ、踊る・・・・・・・・・・・・・・・他)
7月6日の囃子は七節(惜しむ、見送る、戻る、昇る・・・・・・・・・・・・・他)
7月7日の囃子は八節(別れる、離れる、流す、払う、平和、散る・・・・・・・他)
以上のように1日から7日まで合計53節もあり、囃子の練習を春の雪解けの頃から始めても覚えるのにひと苦労し
たといいます。このため囃子方が年々不足となり、ねぶた行事が衰微することを心配して、青森町の 故・小笠原八十
氏ら若者9人が、7月1日から7日まで、その日その日の一番意味深い代表節をとって7節として、現在の青森ねぶた
正調囃子を完成させたといわれています。
当保存会の初代会長 故・南 了益氏は、幼少のころ小笠原八十氏に師事し、笛・太鼓・手振り鉦の手ほどきを受けま
した。