雲祥寺紹介




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金木山雲祥寺   037-0202 青森県五所川原市金木町朝日山433
                        住職 一戸 彰晃 
雲祥寺の由来
慶長元年(1596)南部櫛引村領主武田甚三郎天正九戸の乱をのがれ繁翁茂和尚他五人の腹心
と共に津軽は当地に到り、一寺を建立し繁翁茂和尚雲祥寺開基となる
寛文七年(1667)津軽藩の命により大平山長勝寺(弘前市)十四世聖眼雲祝和尚を勧請開山
とし、以来曹洞宗通幻派に属し今日に到る
文化八年(1811)十五世愚全和尚が中興(寺院の再建)、昭和四十四年(1969)二十三世無
為哲三和尚が重興(再々建)し現在の青森特産の銘木である総ヒバ造りの本堂を構える
正面山門は亨和三年(1803)開基家武田家(のちに津軽藩を経済的に支えた金木屋)が寄進
したもので、その屋号「金木屋」から当町名「金木町」が発祥したと言う説もあり、また山
門に刻された一対の武田菱の寺紋など歴史的に興味深い建造物である
寺宝「十王曼荼羅」通称「地獄絵」は江戸中期の掛け図で、木村宇兵衛の寄進によるものであ
あり、作家太宰治「思ひ出」に紹介されてより見学者が多く見られるようになった
現在金木山雲祥寺は県内奥津軽最大規模の寺院として四百年にわたる歴史を内に秘めながら
荘厳な法光を津軽野に放っている
中央大学文学部文学科国文学専攻 渡部芳紀研究室 太宰治資料館内に写真付きテキストの
「思ひ出」が掲載されています。こちらからどうぞ。



雲祥寺向拝雲祥寺本堂



住職近影
興山舎「寺門興隆」’99 8月号より