民主主義と民意

木村徳英

▼我が国は民主主義国家である。すべての決定事項は民意によるものである。この事をほとんどの国民は疑うこともなく受け入れている。

たしかに一党が全てを握り、政党の考えが優先し国民の意思をくみ取ることをしないと言われている隣の大国や、世襲された一人の人間の意思が優先し、国民に多くの犠牲を強いている隣国に比較すると、私たちは選挙によって民意を表すことができるし、様々な場所で発言することもできる。それによって圧力を受けることもない。その意味では幸せである。

▼しかし最近は民意により、意思決定ができているのだろうかと考えさせられる事がある。いろいろと問題があると言われている安保関連法案が成立しようとしている。代議士の数が多いのだから、民意は多数にありというのだろう。しかしこの法案には多くの国民が反対表明をしている。最近の様々な世論調査でも反対意見が圧倒的に多い。物言わぬ国民と揶揄されている中で、この法案に対しては積極的に発言している国民が多い。我々は選挙で選ばれた。全てを我々に委任した。だから任期中は何をしてもよいのだと思っているのか。

▼我が国に民主主義を教え、いまだに世界中を民主主義押し付けているアメリカの民主主義の精神も間違いないのだろうかと思うことがある。民主主義が全てのことに優先するなら、多くの住民が反対を表明している沖縄に、なぜアメリカ軍が居座っているか。そこには民主主義のかけらも感じられない。国が同意しているから地域が反対でも問題がないと言っている。また彼の地を七〇年前の戦利品みたいに考えているなら、まさに民主主義などではない。

▼我が国は多くの事柄が間接民主主義である。国も地方も代表者を選び、その人たちが運営している。ただ、その代表者が選ばれた時に、主権者である国民や住民に約束したことは守るということ最低条件なはずである。それが為されないのであれば、間接民主主義は成り立たない。

▼その意味では先の選挙の時にTPPに反対する。我が国の農業を守ると約束した私たちの代表が、どのような行動をしているのか。我が国が前のめりになり妥結を急いでいるとの報道もあるが本当なのか。

▼大事なのは選んだ人間の行動をしっかりと監視することである。そのうえで、選挙で意思を表すことである。何も変わらないからと投げやりになったり、どうにかなるだろうと白紙委任するようなことを繰り返していると、ますます国民から遊離した行動を代表者がとるようになるのではと、最近の報道を見て危惧している。