津 軽 語 の 体 験(4)
このページの作品は、共通語と津軽語を混ぜて掲載しております
1.小包(こつづみ) 6.こころの駅 11.安全というもの 体験(1)へ
2.火事だぁ! 7.こころの駅(共通語訳) 12.どじ 体験(2)へ
3.六日(むよが) 8.ぐ だ め ぎ 13.慣れと言うもの 体験(3)へ
4.自動改札機 9.映画・学校Vをみて 14.少雪だぁ! 津軽語メニュー
5.言葉の切換え 10.農作業への苦言 15.スキー場開発に思う 私の文芸コーナー

小包 

 昨日、我が家に宅配便が届いた。私が東京へ注文していたパソコンの部品が届いたのである。配達人は「ごめください!。東京から「こつづみ」がきております。ハンコ(印鑑)ください!」とのことであった。配達人は中年(40代後半)の男性に見 えた。私は、「こつづみ(小包)」を受け取り、「どうもご苦労様ですね!」とねぎらいの言葉をかけながら、差し出されたれた配達伝票にハンコを押した。くだんの配 達人は何の疑問も持たずに帰って行ったのである。

 さて、配達人が帰った後で「あれ!、こつづみではなく(こづつみ)ではないのかなぁ?」という事に気がついたのである。生粋の津軽衆であれば「こづつみ/小包」も「こつづみ/小鼓」も同じ様に感じるから、何の疑問も持たないのである。例えば 「ほとんど」も「ほどんと」も同じ様に喋っているからである。
●「吾 じぇんこ(お金)ほどんとねぁ!」(私はお金がほとんど無い)
●「わ じぇんこ(銭コ)ほとんどねぁ!」のようにである。

 共通語では小包「こづつみ」と小鼓「こつづみ」は全く違うものなのであるが、津軽では全く意識しないで「こづつみ・こつづみ」をおなじものとして扱っているのである。つまり、「包む/つつむ」のことを「つづむ・つんづむ」と喋るために このようになるのではないかと思っている。すなわち、「小さく包む」を「ちせぐつづむ」と喋るので小包は「こつづみ」と言っても何の違和感をも感じないのである。

 そうして見ると、宅急便の配達人は「生粋の津軽衆」であったのだと気付くのである。それをしばらくしてから疑問に思う私も「準津軽衆」、「ほどんと津軽衆」 になっているのではないかとうれしく思うのである。青森県にUターンして来てから、はや24年も経過したことを思えば無理からぬことではあるが・・・・。

 「手袋をはく」も「あべましょう」も「階段でおける(転ぶ)」ことも共通語でなかったこと、「かれっこがカレー粉」であって「魚の鰈(かれい)コ」でなかったことも、私がはじめて東京に出て行ってから知ったことなのである。それどころか最近まで、除雪車やブルトーザーに取り付けてある「排土板」が「ハイドバン」、 (Hidevan?)という外来語だとばかり思っていたのである。調べもせずに一人で勝手に解釈し、納得している津軽衆は私だけであろうか?。
かんずだぁ、火事だ!」

 娘が「とっちゃ(父さん)、むげ(向いが)火事だ!」とさがぶはんで(叫ぶので)、「どらぁ!」と喋って窓の外を見んだきゃ、メラメラどすた炎がめ(見えた)だはんで、うるだいで119番したでばな。

 消防ぁ「火事ですか?、救急ですか?」って電話で聞ぐはんで、「火事だ!」 って喋ったんず。「お宅の住所は?」ってすはんで、「なも、おえのえ(家)でねぐ、むげのえ(家)だばてぇ!」、「ですからお宅の住所がわからないと 」と喋るはんで、吾の住所喋ったばてぇ、そのあどぁ、ほんずねぐなて、何喋ったんだがおべでねねぇ。

消防ぁ、はえぐ来たばて、むげの家ぁ、あんずますぐ燃えでまったね。

 次の日の朝間(あさま)、第一通報者だはんでって、消防署のふと(人)来て火災発見の状況、くどぐきがえしたね(聞かれました)。おんなじ事、ふっと ぢ(同じ)ごと、何回も聞がえだねぇ。(^^;

 なんぼでもくでぐ聞ぐんず。吾、火事出したんでねど!。火事ごと見つけだはんで、あわくて知らへだんだでばの。そえごと、あんでもね、こんでもねっておら(吾)が火付けだみてに聞ぐんだものなぁ。

 おめだぢ、もす火事ば見つけでも、すぐ119さねんでぇ、外さ出でがら「かんずだぁー!(火事だ!)」って、ふと騒ぎすてがら「119」 (フェャグジュウキュウ)さねばまいねどぉ。うるだげばろぐだ事ねはんでろぉ。

 吾みてになればまいねどぉ!。 すぎでなったんでねばて、第一通報者になるんずも、よすあすだねな。家事だばひぃ(精)出してもえばて、火事でひぃ(火)出へばまねよ。

 ばげ(晩)、ままくて(ご飯を食べて)がら、ねるめに(寝る前に)へもど(火元)よぐ見んでがらねねばまねよ。わらはんどさ「へじゃめ (火三昧、火遊び)」さへねんでろ!。「火・の・用・心」(へのようずん)
あぁー、こすたごとあるもんでね。
へばなぁ!(火花ぁ)。(^^)
むよが

婆さま(以下、婆/あばと言う)と孫の会話を聞きました。孫は共通語で話します。
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婆:春香ぁ、むよが(6日)、運動会だべぇ!。
孫:むよがってなにさぁ!。

婆:むよがって、むいがだべなぁ!。
孫:むいがぁ?。あー、向いの人も運動会にくるってことぉ。

婆:なもし、ろくにち(六日)のこどだぁ。ろぐげつろくにちのごとぉ!。
孫:なーんだ、ろくがつむいか(6月6日)の運動会のことぉ!。

婆:んだ、んだ、運動会だはんでたまごやぎ(卵焼き)つくて(作って)けるねな。
孫:春香、ラッキー!(^^)/

婆:あれ、乱気になればまいねべさぁ。
孫:乱気でなぐ、ラッキー(Lucky)!。

婆:ラッキーも乱気もふっとずだべさぁ!。
孫:ふっとじってなに?。

婆:ふっとずってがぁ、おなんじごとぉ!。
孫:おなじことなら、どうしてラッキーとらんきがおなじなの?。

婆:おめも、嫁さ似でくんでぇなぁー!。
孫:どうして組むの?。

婆:組むんでなぐ、くどえのぉ!。
孫:お母さん、お婆さんなにを言っているのか分かんないのぉ!。

お母さん:はるかぁ(春香)、お婆さんはねぇ!、耳が遠いので、ラッキーも乱気も同じに聞こえるのよ。

婆:フン!、まぁんだ、えふりこえでろ!。乱気もラッキーもばしらいでるんたにめるはんでふっとずだべさぁ。
孫、母:・・・・・???????。
自動改札機 July,1st,1999.

 六月下旬から三日間、久しぶりに東京経由で神奈川県の相模原市まで出張で行ってきた。弘前から東北縦貫道の高速バスで盛岡へ(2時間15分)、盛岡からは「スーパーやまびこ」で東京駅へ(2時間30分)、東京から中央線で新宿へ(15分)、新宿から京王線の快速で橋本駅(45分)という行程を取って目的の会議場まで行ったのである。弘前から6時間もあれば東京に着き、7時間もあれば神奈川県まで行けるのであるから鉄道も高速化したものである。

※弘前と盛岡の高速バスが2時間15分、盛岡と東京の新幹線が2時間30分この事実はなんなのだぁ!!。

 今回は半年ぶりの出張であったが、前回は出会ったことが無い機械と遭遇することになった。それは各駅にある「自動改札機」であった。以前は、遠距離 切符(後ろが黒い色の切符)は自動改札ができなかったので、一番端っこに居 る駅員さんに渡して通過したものである。しかし、今回は東京駅で指定券(特 急券)と乗車券を同時に入れても、特急券だけ収納して東京都区内の乗車券は自動的に出てくるのである。出てきた切符を持って中央線で新宿まで行くことが出来た。「たまげでまったぁ!」(^^;

 次は、帰りの新宿駅で京王線とJRの乗り換え場所でも同じ改札機と遭遇し た。京王線の切符とJRの切符を2枚一緒に入れると京王線の切符は収納され、JR切符は何日何時入場という赤いプリントがなされて受け取ることができた。

 こう書くと全て順調に行ったように見えるが実はそうではなかったのである。まず、つまずいたのが東京駅であった。改札口のアナウンスでは、(「特急券」 と乗車券を2枚同時に改札機にお入れください!)と繰り返して言っていたのであるが、始めての機械は信用しないことにしている私は、「そんな便利な機 械が出来てたまるかぁ!」と言いながら、何時ものように特急券だけをいれたのである。もちろん、通過用のバーは開きませんでした。それを見ていた駅員 さんが「お客さん、2枚一緒に入れてください!」と得意げな顔をして言って いる。「このおのぼりさん!」とでも言いたげな態度であった。

 2枚一緒に入れたら自動改札機の通過用のバーが自動的に開いて通過することができたのである。「あれ、こんな機械いつから備え付けたのですか?」と 聞くと駅員さんは得意げに説明するのであった。 次は、新宿駅でも同じ事があった。京王線の切符(乗車券)とJRの切符を2 枚重ねて入れてくださいとのことであったが、またまた、「そんな便利な機械があってたまるか!」という事で、「京王線の切符」だけをいれたのである。 勿論、通過できなっかた。すぐ、東京駅のことを思い出して小さい京王の切符 と4倍程度大きなJRの切符を重ねて自動改札機に入れると通過できたのであ る。機械は正直者であると改めて感心した。

 たった、半年前にも同じ場所を通過したのに、短期間に自動改札機も改良され発展したものだと感心した次第である。私が遅れているのか、それとも世の中が進みすぎているのか知らないが、今回の出張では珍しい機械との遭遇がで きたのである。しかし、テレビカメラか何かで入ってくる切符を瞬時に区別して処理する技術はたいした物だと思う。郵便の自動選別機と同じ技術が使われているのであろうがCPUの処理速度が向上したことも幸いしてこのような便利な改札機が開発されたのであろう。技術の進歩は日進月歩といわれるがまさにその通りであると思った次第である。

 私は職業柄、新規に導入された機械は疑ってかかることにしている。理由は必ず初期故障や動作不良が発生するからである。事実、私が改札機を通過する ちょとの間にも婦人の方が通過できないとのことで駅員さんが自動改札機を調整をしている所を見たのである。 そんな訳で私の場合はスムースに通過できたが切符の重ね具合や入れるタイミ ングのずれで動作が不良となることがあるのではないかと思っている。微調整を繰り返しながら完全な自動改札機に成長していくのではないかと思う。

 今回の出張では新しい自動改札機を利用することができた。しかし、朝の通勤ラッシュは私が東京に住んでいた34年前と変わりがないことだけは再確認させられた。08:30ころ新宿から中央線の東京行きの快速に乗車したので あるが、混雑していて身動きが全くできなかった。仕方が無く次の停車駅の御 茶ノ水で下りて、後続の電車を待つことにした。ホームの喫煙場所で一服していると五分もしない内に、次の快速がきたのである。もちろん、先ほどの電車よりは空いていたのですぐに再乗車した次第である。

 こうして見ると都会人は、混んでいるからといって一電車遅らせて乗るということはしないのであろうか?。私のような田舎者から見れば五分程度の遅れは誤差の範囲なのであるが、都会人は秒単位で生活しているのであろう。高齢新人類の私であるがこのラッシュアワーだけはどうしても好きになれない。 パソコン通信を愛し、インターネットを楽しみ、ホームページを作って情報を 発信している「高齢新人類」であっても、久しぶりの東京駅や新宿駅の人ごみの中では、人の多さに圧倒され流れに乗れず、駅のホームをオロオロと人の流れに逆らって歩き、人にぶつかりそうになりながら改札口に向かう私であった。
言葉の切換え

  最近は、共通語での会議が当たり前であるが、職場は別として東京で会議がある場合は旅程のどの辺で「方言から共通語」へ切換えたら良いのかと迷 うことが多くなった。特に高齢になってくると切り換えが遅くなりがちである。極端な場合、東京の会議場に入ってから「共通語モード」に切換える事も多々有る。

  私の場合、40歳代では自宅を出た途端「共通語モード」になっていたのであるが、50歳代に突入すると自宅の弘前から盛岡駅までが「津軽語モー ド」で新幹線に乗車する頃から「共通語モード」になっているようである。帰りは盛岡駅で下車して「高速バス」に乗る頃は、まだ、津軽語と共通語の 「共存モード」でいる。そして、花輪サービスエリアから「津軽語モード」一色に切り換わるようである。

  自分のことなのに「ようである」としか言えないのは区切りが判然としないからなのであるが、方言と共通語の両方を話せると要らぬ苦労をしなければならない。「関西弁」のようにポピュラーな方言であれば無理して共通語や江戸弁を話さなくても意思を伝達することができる。 しかし、津軽語のような「特殊な方言」はそれが通用しないから、言語の切換え作業が必要となってくるのである。

  若い頃は、脳の中に有る言語切換装置が迅速に作動して聞こえる言語に対応した言葉で簡単に会話を続けることが簡単に出来たのである。しかしなが ら、次第に歳を取ってくると言語切換装置の反応が鈍くなったり、故障したりするために切換え動作が上手くいかなくなってくる。退屈な会議で、予想もしない時にメンバーから突然自分へ「問題を振られる」と「ゴモゴモ」となったり、「ドモリ」ぎみになったりすることが多くなっ たのもそのためではないかと思っている。つまり、方言と共通語が混じった会話となってしまうのである。さらに細かく言うと「す・し」、「つ・ち」、 「い・え」の切換えがまずいのである。

 若い頃は、「佐藤さんは訛りがありませんね」と言われたものであるが、 最近は学生まで「先生の共通語、訛ってるね」と言うのである。さもあらん、Uターンしてから四半世紀も経ってしまったのであるから、津軽に長く住むようになれば共通語が下手になってくるのは当然なのである。さりとて、津軽語を多用しているかと言うとそうでもない。大抵の場合は、津軽訛りの共通語で用が済んでしまう。

 従って、津軽語も上手くないし、共通語も訛っているという最悪の環境で話さなければならないことになる。関西弁であれば、日本の何処の地方でも 理解されることが多いのであるが、津軽語(弁)にいたっては同じ津軽地域でも異なるのであるから、天と地が180度ひっくり返っても全国版とはな リ得ない。大抵の場合、「字幕スーパー」のお世話にならざるを得ないことになるのである。

 鹿児島弁もそうであるが北と南の方言の共通している点は 「単語の短縮」にあると思っている。 北は、寒過ぎるから「言葉を短くする」。南は、暑すぎるから「言葉を短 くする」ということなのであろうか?。「なんでやん!」、「なぜ、どうしてですか?」、「なすて?、どうすて!」、「Why」、「Que」の中で は「なんでやん」が好きである。理由は特に無いが語感が良いと思うからである。「好きやねん」も好きやネン!!。(^^;

  津軽に居て何故このように関西弁に違和感が無いのであろうかと不思議に思うことが多い。関西人は自己主張(良い意味での)が強いから、どの地域に行っても言葉への妥協をしないからなのであろうか?。その姿勢が関西弁を全国版へと押し上げているのではないのだろうか?。関西弁への誇りがそう させているのであろうか?。どれがそうなのか私には断言できない。

  要するに、私の共通語も津軽語も弘前市に住んで、津軽地域に勤務している状態ではレベルアップできないことは間違い無い。歳を取ると子供に帰って行くと言われるが、まさにその通りの環境に私は置かれている。しかし、いまさら自分の言葉をレベルアップしようとは全く思っていない。お国訛りがあるほうが人間的であると思うからである。国の手形であると思っているからでもある。

 言葉の切換えについて書いていたのであるが途中で別な方向に話が行ってしまった。元へもどそう。歳を取った為だろうか、
この歳になると「恥ずかしい」や「めぐせ」などは気にしなくなった。
頭の髪がバーコード化したって良いではないか、これが苦労に対しての勲章だと思えば気にならない。
「ち」と「つ」を間違えても気にならなくなった。お国の手形と思えば気にならない。
いまさらと言う気持ちが強くなってきた。これらが「老化現象」だと言われても気にならない

  私はこのように思っているので、方言が次第にすたれて行くように、私の話し言葉が次第に訛って行くことを食い止めようとはサラサラ思っていない。言葉の切換えもますます「鈍く」なるであろうが、これからも「えふり」 (格好をつけること)をしないように細々と津軽訛りの共通語を通していきたいし、大切にしていきたいと思っている。
体験「こころの駅

 聞だなぁ、上野駅の18番線ホームね(無)ぐなてまるんだど!。 やぐどだべぇ?。なもなもほんとの話すだねぇ。 嬉すとぎも悲すとぎも吾のこごろの駅だね上野はぁ。ねぐなるってがぁ。 「あぁ、上野駅」だでばすぅ。 まんだふとつ、懐かす駅のホームけ(消)でまるんだねろぅ。 な〜んぼしげねぐなてまるばなぁ。

 「金の卵」ど「就職列車」、「出稼ぎ」ど「夜行列車」、「思い出」 ど「修学旅行」、「盆正月」ど「帰省列車」どれも人生の節目々でへわ(世話)になた上野駅ど18番線ホームいだわすなぁ。  吾だの汝だのの心の故郷ぁ、ねぐなてまるんだど。金の卵達のこごろ (心)の駅ってへば、上野だべさぁ。吾の気持ちこだば、いづまんでもあって欲すど思てらばて、時の流れさだば負げでまるねなぁ〜!。

 おらだぢ、夢っこど希望っこば持て、東京さ行ったもんだでばすの。 学校上がってがら就職するんず、あだりめだ時代であったねぇ。 中学が高校出れば「就職」、東京さ行ぐんずあだりめの時代であたね。 なんたて、まま(飯)も食ったり、かねがったりで、じぇんこ(銭) もろぐにねふて、稼がねばどすもなね時代であったねなぁ。

 集団就職だの出稼ぎだので賑やがであたてすばて、上野駅の18番線 ホームも役目ねぐなったてすごとだべさぁの。 青森県だば仕事ねはんで、集団就職、出稼ぎさ行って稼がねばまいねふてあたんだばて、時代も変てまたす、不景気で労働力もいらねぐなってまったんだびょんさ。

 すたばって、青森県、ゆうふぐになったべがぁ?。40年め(前)と えま(今)ど、なも変てねどおもてらぁ。相変わらんず貧乏県だべさぁ。 新幹線でぎだはんで、18番線ホームもいらねぐなったてすばてぇ、 けってえがもなぁ。んだべさぁ。でがへぎも(出稼ぎも)新幹線でえげばだも(誰も)「いがにも出稼ぎ者」って見ねべさぁ。

 東北がらの出稼ぎ者が降りだ上野駅の18番線ホームがねぐなるんだど。 金の卵達が降りだホームがねぐなるんだど。汝だの吾だの降りだ18番線のホームねぐなるんだど。しげねぐなってまるねなぁ〜。ほんでも思い出こいっぺけでけだ「上野駅」、万感の気持ちっこ込めで「ありがんどごす。」 って喋らへでけれじゃ。上野駅へばの。

筆者注:上野駅と言えば、「ああ上野駅」 井沢八郎さんの歌があります。この歌がすべてを語っておりますよね。
体験「こころの駅」(共通語訳)

 聞きましたか?。上野駅の18番線ホームが無くなるんだそうです!。冗談でしょう?。いやいや本当の話ですよ。 嬉しいときも悲しい時も私の「心の駅」だったのです上野はぁ。なくなるって言うのですか?。「あぁ、上野駅」ですよねぇ。また一つ、懐かしい駅のホームが消えてしまうのですねぇ。

 いや〜、大変寂しくなってしまいますよねぇ。「金の卵」と「就職列車」、「出稼ぎ」と「夜行列車」、「思い出」と「修学旅行」、「盆正月」と「帰省列車」どれも人生の節目々で世話になった上野駅と18番線ホーム、惜しいですよねぇ。私やあなた達の心の故郷が無くなってしまうのですからね。金の卵達のこころの駅って言えば、上野駅ですよねぇ。私の気持としては、いつまでも有って欲しいと思っているのですが時の流れには負けてしまいますよね。

 私達は夢と希望を持って東京へ行ったものでしたよね。当時は学校を卒業してから、就職することは当たり前の事であったのです。中学か高校を出れば「就職」、東京へ行くのが当たり前の時代であったのです。何と言ったって飯も食ったり、食わなかったりで、お金もほとんど無く、稼がないとどうしようもなかった時代であったのですよ。集団就職や出稼ぎなどで賑やかであったと言いますが、上野駅の18番線ホームも役目がなくなったって言うことなのでしょうねぇ。

 青森県では仕事が無いので、集団就職、出稼ぎに行って稼がなければならなかったのですが、時代も変ってしまいましたし、不景気で労働力もいらなくなってしまったのでしょうね。 しかし、青森県は豊かになったのでしょうかね?。40年前と今と何にも変っていないと思っておりますがね。相変わらずの貧乏県ですよねぇ。新幹線が出来たから18番線ホームはいらなくなったと言うことですが、かえって良かったも知りませんよね。そうでしょう!。出稼ぎも新幹線で行けば誰も「如何にも出稼ぎ者」って見ませんからね。

 東北からの出稼ぎ者が降りた上野駅の18番線ホームが廃止されるのだそうですよ。金の卵達が降りだホームが無くなるのだそうですよ。貴方や私などが降りた18番線のホームがなくなるのだそうです。寂しくなってしまいますよねぇ〜。それでも思い出を沢山与えてくれた「上野駅」に万感の思いを込めて「ありがとうございました。」と言わせてください。ああ、上野駅18番線ホームよ「さようなら!」
体験「ぐだめぎ

 学生だぢぁ、吾張り出すた、台風18号の「へまわりの雲画像」ごど廊下で見んで、喋んべてらんずよ。
学生1:すろぉ〜、台風だどぉ!。じゅうはず(18)号だぜぁ!
学生2:汝のえ(家)、リンゴ作てらんだべぇ、えさもんどってもがねばまねんでねなぁ!

学生1:ん!、まねね。えまがらだばぁ、おせね。オドもオガもノウキョ(農協)さえてらはんで、
     吾ふとりだば、なんちゃもつがねね
学生2:おんろ〜、平成3年の19号さ似でらでば、こえだばがっぱどえてまるんでねな。
     リンゴも稲もおけてまるぁ!

学生1:んだぁ、吾ちせづぎも19号ねかて、がっぱどリンゴほろごらえでまったごとおんべでらぁ
学生2:そえだば、汝、えさもどたほずえんでねがぁ?。へごまにかがればオドがら誉められるべさぁ

学生1:そすたて、授業なげでまんで家さえげねべさぁ
学生2:なもなも、先生さ、台風でリンゴおづるはんでってしゃんべながぁ、へばえってすがもよ

学生1:んだべがぁ、へば、しゃんべてみるねなぁ
学生2:んだんだ、そすたほずえねぇ、どへ、たいすた授業でもねはんでよぉ!

って喋ってらんずよ。たいすた授業でもねって、どへばしゃんべるにえんだべの?。 いぐね童子(わらす)だもんだ。吾の部屋の戸、閉まってらはんで、面だばめね がったばて、情報の1年だべょん。戸ごと開げて「ビッタ」どふたすけでやるが なっておもたばてやめだね。(^^;

 まぁ〜んず、学生んどだばぁ、すぎ(隙)コあればサんボルきながって、わやだもんだね。吾もほんであったばてよ。(^^)/
就職もほんだね、この厳すづぎに職種ごと選ぶんだねろ!。県内だばぁ、どごさ行たてふっとずだでばすのぉ、それごとすぅ、あんでもね、こんでもねってえらぶんだねろ。まげでまるでばなぁ。えらんぶなってもしゃんべらいねすよ。こまてまてらぁ。
 あるづぎ、求人票ごとみんで2年の学生んどぁ、

学生1:おめ、どさ行ぐんずよ?
学生2:吾がぁ、こごさある東京の会社さいぐきなてらぁ

学生1:ん〜、どらぁ、休みどぉ、給料どぉ、社宅どぉ、ボーナスどんだべぇ
学生2:給料まぁまぁだばて、しゃたぐ(社宅)ねんたね

学生1:へばぁ、まいねべよぉ、アパート借りるんだば、食ってえげねべよ
学生2:ま、アパート代の半額支給ってかえでらはんでえほずだべよ

学生1:吾だばぁ、行がねなぁ、だいいず(第一)、社宅もねんたウスケネ会社だばぁやめるぁ
学生2:すたばって、あどねべさぁ

って廊下でしゃんべってらんず。仕事の内容だの、配属先だのの話しだば、ふとっつもさねんだねなぁ。  たまげでまるきゃ、学生んどぁ、いぢばんさぎに見るどごぁ、「給料」ど「休み」のあんべこだげだね。業務内容ってすんもんだば「無視」だねろ。むったど学生さ喋ってるんだばて、どもなねね。あぎらめるすかねなぁ。

感想「映画・学校Vをみて

 今日は、久しぶりに映画館に行って「学校V」を観てきました。職業訓練がらみで、現場にいる私としては感じる事が多くありました。
・監督:山田洋次
・出演:大竹しのぶ(小島紗和子役)、黒田勇樹(トミー役)、小林稔侍
の映画でした。今回は、トミー役の本人が劇場に来てトークショーをしてくれたので、先ほどまでスクリーンの中にいた人が目の前で見られると言う特典があり、楽しくも感動して帰ってきた次第です。

 学校Vのストーリーは、私が8月30日に送り出したアビリティ・コース20名の訓練生との六ヶ月間がオーバーラップし、ついつい涙腺が緩みました。小児自閉症という障害を持った子供のトミーを女手一つで育てているとき、突然リストラで会社を解雇になる紗和子さんが職業訓練を受けることになるということから、それを取り巻く仲間(級友)との心温まるドラマが展開されるのでした。

 また、小林稔侍さんは、証券会社のエリート社員であったのですが、ある日突然、リストラの対象とされ50歳で解雇されることになり、最後は職業訓練を受けると言う設定でした。大竹さんも小林さんも名演技でしたね。さすが役者だなぁ
と思って観てきました。リストラされた稔侍さんは、自分の息子に学歴だけが人生では無いと言っていたことが印象的でした。良い学校を出て、良い会社に入る。でもリストラにあえば、それが何だとなってしまうのですよね。全て金のために学歴を積むのでしょうが、そうではない「最後は心」であると言いたかったのでしょうね。
※山田洋次監督が言いたかったことは、「誰も責任をとらない」と言うことでしょう。会社の経営が悪くなれば、社長などは経営責任もとらず、社員を首(リストラ)にして会社を建てなおす。自己責任を罪も無い社員に押し付けてノウノウとしている。 国も役人も政治家もそうですが、誰も責任を取らないと言う世の中はどこかおかしいのではないかと言うことでしょう。バブル時代のツケで誰が責任をとりましたか?。
 そのため、家族を犠牲にしてまで「会社人間」に徹してきた人達を正当な理由もなく簡単に解雇する。そのことで何万という人達が生活苦を背負うことになるのですよね。その人達を職業訓練の現場にいる私達が再就職を目指して技能・技術を教えることになっているのです。
映画の中で終了証書を渡す場面なんか涙なしに観られませんでした。その後の、懇親会などの場面は、私が8月30日に訓練生と一緒にやったことと全く同じでした。ほんとうにその通りなのです。

 懇親会では「高校三年生」という歌を全員で歌っておりましたが、50代の団塊の世代にとっては、青春応援歌なのです。舟木さんの「高校三年生」は。もちろん、私の十八番でありますがね。(^^;

 ビル管理科というコースでしたが、そうなんですよね。難しい計算が出てくる、教える内容が難しくて分からないと大竹さんが苦情を言っておりましたが同感です。二級ボイラー技師の試験も結構大変なのですよね。でも、その試験に合格した大竹さんが再就職して、会社のビルメンテナンス作業をしていると奇異な目で見る社員の眼差しなんか、感じるものがありました。

 最後に、小島紗和子さんが「乳がん」に侵され、手術する場面で、訓練生の仲間が全員集まって励ます場面なんか、感動ものでした。私が教えた訓練生もあのように強い絆、仲間意識を持ってお互いに助け合っておりましたね。社会
経験豊富な人達を訓練することは、わたしに取っても大変勉強になることなのですよ。逆に、訓練生に教えられることが多く「ありがとう」と言いたいくらいです。

 10月1日から、第二期生が入ってきます。全員、雇用保健受給者の方々です。今日観た「学校V」を参考にして来月からの訓練に励みたいとおもいます。「学校V」ありがとうございました。教えることも大切ですが、人間として付き合って行く事のほうがずっと大切なのだと言うことを念頭において。
体験「農作業への苦言

 このごろぁ、野良仕事で ずんぶ気になる ごとあるんず。ナンバーもつけでね農業きけ(機械)ぁ、けんどごとおっき面して走ってるんだねな。そえだげだばまんだえぁ、けんどさ 泥ごといっぺ まぎつらすてよ。すらねふりだねろ。

 土建屋がけんどさ 泥ごとばらまえでれば すぐ、文句つけるべさぁ。すたばて農業者がけんどさ泥こんぼしても だも 文句しゃんべねっきゃ。おがすごとでねのがぁ?。 まんだあるぁ、リンゴの薬掛げのづぎ 吾の車さも薬かげで すらねふりだべさぁ。「我だぢ えば えね」 だんだべさぁのぉ。いぐねもんだぁ。

 このあど、稲刈り終れば、「わらやぎ」ごとチッケラどすてやるんだべさぁ。
●藁焼き公害  ●泥蒔き公害 ●農業機械の無許可道路運行 ●薬かげ公害
かんじょえれば 切りねきゃナぁ。そやて米だの林檎だのしゅうかぐすて、ふと(人)さめやぐ(迷惑)かげで えんだなぁ。農業者だはんでって ふとさあまえでえんだなぁ。まねべさぁ。

 みんなでやれば こえぐねってがぁ。はんかくせもんだぁ!。もすこす、へげん(世間)のごと かんがえで 仕事さねばまいねべさぁ。へげん そったあめもんでねんだね。マナーもなも あったもんでねろぉ。うってそさながぁ。だも たすけねぐなるはんでろぉ〜!。

 こすて、フォーラムでぐだめがねばまいねだげ、めやぐかげでるんだねぇ。もうあんか なんとがなねんだがぁ。農作業の仕方ごと みなおさねばまねんでねがぁ。いづまんでも こすてやてれば 批判おっきぐなてまるぁ!。

 ま、こごでぐだめでもまねねな。農業者自身の意識改革ごと待づすかねべ。吾だげでねね。こった考え持てるふとぁ。ほがさもいっぺいるどおもてらんだぇ。津軽のじょっぱりも えほづさもずえれば えんだばって ほんでねおんのぉ。
●田んぼの泥ごと けんど(道路)さ、おどさねよにすべぁ
●ワラ焼ぎだばやめるべし
●農業機械ごとけんどで運行するづぎ、許可とねばまいねべさ
●薬掛げのとぎ、けんどごと走る自動車さ気つけで かげねよにすべす

こんき 守るだげでも 株うってあがるんだばってなぁ〜。無理だびょん。
安全というもの

 「安全」、これが1番大切で何よりも優先されるべきものです。戦後、経済成長優先で、安全はどちらかと言うとおろそかにされてきたのですよね。例えば、

1.国の安全を守る防衛問題
(朝鮮民主主義人民共和国のテポドンでミス、某通信機会社との癒着の証拠隠滅に汲々としていた。最近では不審船事件関係がある)

2.阪神・淡路大震災での人命の安全や救出

(緊急時の連絡体制とその対応でミス。総理がテレビでその状況を知るというお粗末さを露呈した。最近では「えひめ丸と米原潜の衝突事故」)

3.オーム真理教のサリン事件、国民の安全を軽視した狂牛病事件

(危機管理の甘さと、宗教法人への弱さ、その後の対応が完全ではない。狂牛病(牛海綿状脳症;Bovine Spongiform Encephalopathy:BSE)に関する対策が後手にまわっている)

4.東海村のJCO臨界事故

(原子力の安全政策の甘さ、原子力政策の推進、管理、検査を同じ役所がやっていることの不思議、原発の配管や貯蔵プールの水漏れ事故)

5.山陽新幹線の九州地域トンネルのコンクリート崩落事故

(合理化優先で安全対策への配慮が欠如。人員削減で安全面への監視がおろそかになっている)

6.宇宙開発事業団のH2型ロケットの打ち上げ失敗、文部省宇宙科学研究所のロケット打上げの失敗
(第1段ロケットエンジンの安全点検を省いたための失敗、点検の手抜きはゆるせません)

7.安全と衛生管理の手抜きによる雪印乳業の食中毒事件、雪印食品の牛肉偽装事件
(雪印乳業大阪工場のずさんな衛生管理による黄色ぶとう球菌による食中毒事件、その反省も無く牛肉の産地のごまかしや輸入牛肉を国内産へ偽装した事件。雪印グループの企業体質が問われている)

8.市民の安全を守るべき警察の事件対応への不手際
(人が殺されなければ事件として取扱わないという対応の無責任さの問題と事件処理の不手際、警察官によるさまざまな不祥事の多発)

9.三菱自動車工業が車の欠陥情報を隠ぺいしていた事件
(人の命、安全を無視した行為で断じて許せない事件である。該当車種は51万台に上ると言う)

10.企業で頻繁に発生している「ガス中毒」による死亡事故
(排水、廃油、浄水装置などのタンク清掃、保守管理作業による事故、作業に入る前の安全点検の手抜き)

11.医療機関における医療ミス、患者の取り違い、間違った医薬品の投与などの事故
(医師、看護婦などが基本的な手順(安全)を軽視した事や過信、不注意による事故、技術レベルの低下、院内感染)

◎安全を疎かにした結果として
※原子力の安全神話の崩壊   ※新幹線の安全神話の崩壊  ※サリン事件への対応のまずさ
※防衛庁の防衛用品調達の不祥事「燃料、通信機、銃器など」(国の安全に関して)
※官公庁の汚職(薬害を含む)、警察関係者の不祥事(国民の安全に関して)
※台風被害(高潮、洪水、崖崩れ等)、自然災害への対応のまずさ(人命の安全に関して)
※健康飲料であるべき牛乳や乳製品、牛肉への不信感
※医療機関への不信や大企業のおごりに対する批判が強まった 。

◎そして、私たちは、

●安心して食品の購入ができない(食品関係企業の衛生管理能力の低下)。
●安心して自動車にも乗れない(自動車メーカーのリコール隠し)。
●安心して医者にもかかれない(医療ミスの多発)。
●災害に遭っても安心できない(救助体制、危機管理のまずさ)。
●殺されそうになっても警察にたよれない(警察の組織、体質の古さ)。
などが挙げられると思います。大きな事件や事故、災害がおこるたびに、「想像を超えていた」、「ありえない事」、「考えられない事」、「当時は安全であった」などの言訳を聴くことが多くなっております。「備えあれば憂い無し」が意味をなさなくなってしまっているのですね。

 日本が外国から侵略されないため、国の安全を守るために「自衛隊」があるのですが、機能を十分に発揮しているでしょうか?。前の戦争では、中国大陸に残留孤児を沢山作りました。国民を守るべき軍隊が南方戦線に割かれしまい、満州国には軍隊がいなかったのですよね。軍隊は「国」を守るのであって「国民」を守るものではないのでしょうか?。どうもその辺が疑問として残るのです。でも、自衛隊は国の安全のために膨大な予算と人員を配置して日夜、国と国民を守るために働いていると言われております。毎日、「敵(人)をいかに迅速に殺すかの訓練をしている訳ですから、人を救助する、守るということが苦手なのでしょう。(^^;
最近になって、災害や救助専門の部隊を作ると言う話しがでてきておりますが、随分と遅れたものです。

 「警察」は犯罪の防止、事故の防止、「消防」は火災の防止や消火のため、災害救助のために常日頃から安全を守るために配備されておりますよね。これも相当の予算と人員を配置しております。「安全」それを維持するためには、最も金がかかるのです。「空気」も「水」も人間が安全に利用するためには膨大な金がかかるのです。そのため、ややもすれば安全に掛かる予算や人員を削減しようとし、「手抜き」をすることにつながっていくのです。危機管理を含め安全に力を入れる必要が急務でしょう。安全に予算を十分に配分し、人員を増やせば内需が拡大されて景気が良くなることは間違いないと思うのです。そうなれば失業者の減少、景気浮揚につながりますから、一石二鳥となるのではないのでしょうか。安全産業も大切にして欲しいものです。

 安全を機能させるため、あるいは、安全を守るためには、それ相当の「人員」と「金」が必要となることは前述しましたが、経済優先でバブルに踊った日本は「儲けにつながらない安全に掛かる予算や人員」を意識的に削減してばかりであったと思うのです。結果的にその付けが今出てきているのだと思うのです。10年に一度、100年に一度あるかないかの「災害や事故、事件」に無駄な金はかけられないということでしょう。効果効率、儲け至上主義では「安全」が見捨てられても仕方の無い事なのでしょうか。

 毎年、9月1日に全国で非常防災訓練などが実施されますが、必ずと言って発生するのが「連絡が遅れた」、「システムが正常に動作しなかった」ということですよね。この原因も専門の担当者を置いていないからなのだと思うのです。非常用の通信装置は週に一回、月に一回電源を入れて試運転(テスト)しておかなければ故障しやすいのです。電子回路だって生き物なのですから。つまり、電子装置だって、急に電源を入れられても自分が何をする役目の回路だか忘れていることもありますから、長い間、電気を通していなところに、急激な電流が流れると電子回路も戸惑って故障してしまうのです。(笑) 人間もそうですがね。(^^;

 そんな訳で、何もない平常時でも災害や事故に備えて人を配置しておくことが重要なのです。言葉が悪いのですが「普段は無駄飯を食っている」と見なしがちな安全業務を専門に担当している人達が多いほど安全性は向上するのです。それが国のインフラ、余裕というものでしょうね。それが現場では「兼任」で安全を担当している場合が多いので、いざと言う時に、長い時間操作していない機器を使おうとしてもうまく行かないのですよね。専門であれば別ですが。

 東海村のウラン燃料製造工場の「JCO」でも「JR」でも、それに携わる人達を合理化(リストラ)と称して人員削減をしてきましたよね。その分、安全が軽視される方向になり、近年、事故が多発するようになってきたと思うのです。JCOの臨界事故は論外として、JRの場合は一人の運転手で列車を運転するよりも二人で運転した方が事故率が少なく、安全性の向上につながります。整備する職員が多いほど点検の目が行き届くのだと思います。人員が多いと安全だとは申しませんが、安全に関する部分の人員削減は事故につながりやすいという事を言いたいのです。

 戦後54年、疲労しきった社会システム、時代に合わなくなった組織などを次世紀に向けて徹底的に見なおし、これまで軽視してきた「安全」システムに関しては、特別に力を入れて整備していただきたいと思っております。国民が安心して暮らせるようにしていただきたいと思うのです。 安全を軽視して大事故になると膨大な金と物と人が必要になります。でも、普段から「安全」に気をつけていれば、事故があっても最小限にとどめることができます。

 「安全」・「情報」には「金」がかかるのです。「水」・「空気」を清浄に保つためには金が掛かるのです。「自然環境を良好」に保つためには金が掛かるのです。自然破壊を少なくするためには「山林や河川、田畑」を良好な状態で保全しなければなりません。どれもこれも金が掛かるのです。(^_^)     By Hidetaka Sato. October,13th,1999.
****************<安全 それは 人間にとって永遠のテーマです>****************

体験「どじ」

 まぁ、皆さん、聞いてください。また「どじ」をやってしまいました。今日の出張で時間を間違いてしまったのですよ。また、「どじ」をやったと言っても、何も今に始まった事ではないのですがね。(笑)
 本日、「ヨーデル&やまびこ」で京王線&JRの「橋本駅」(神奈川県相模原市)まで編集の会議があって出かけたのです。結果的に午後2時からの会議にはまにあいましたがね。今日は、私の年に一度の誕生日&出張日なのです。(^^;

切符は、10日前に五所川原駅で買ったのですが、ヨーデルとJRの時刻表は11月のを見て出張計画をしたのです。
「えっと、朝、6時半のヨーデル号で行げば盛岡には8時50分には着ぐなぁ!」
「へば、9時34分のやまびこさ間に合うでばのぉ!」
「ほんで、東京駅さ11時57分着だべさ、えなぁ、こえだべぇ」
「すてがら、中央線で新宿まんで行って、京王線の特急で橋本ってなあんべだ!」


 てな具合で,切符を買ったのですが「お客さん、本当にこれでいいんですかぁ」って駅員さんが言うのです。私は「なも、けねね。ちゃんと時刻表ごと見んで着たんだはんでぇ」と言って切符を受け取って帰ったのです。ここで気がつけば普通の人なのですが,私はそんな賢い人ではない訳なんですからね。

 実は、12月4日に時刻表が全面改定されていたのを知らなかったのですよ。切符は12月5日に買ったのです。まさか前日に時刻が改訂されていたとはつゆ知らずでした。それまでに時刻の確認をできたのですが不徳のいたすところで、仕事にかまけて確認を怠ってしまったのでした。

 そんなわけで、今日の朝6時にタクシーを頼んで、「バスターミナルまんで」と言って乗り込んだのですが、運転手さんは「お客さん、今からですと7時20分のバスしかありませんよ。「6時10分は出てしまったしねぇ」と言う。「えね、6時30分あるね」と私、「そうですかぁ?」と運転手さん。ここで気がつけばただの人。私はまだ気がつかない。6時20分に弘前バスターミナルに到着。

 私、「余裕だなぁ」、「ヨーデルこねなぁ???」、「もう、6:30だぁ」、「おがすなぁ?」、「へば、聞で見るがぁ」
「あのぉ、ヨーデルどすたんだべ」、パス会社の人「んだなぁ、あど、30分待でば来るね」。
何とぉ!「バスの時刻と列車の時刻が変わってらぁ」と私。(ここで初めて気がつく私)あわてて新しい時刻のパンフレットをもらって良く見ると、12月4日改訂と赤々と書かれ、バスは、06:30から06:10へ、新幹線は、09:34から09:14へ変更になっていたのでした。「おそまつ!」

 これで座席指定券は無効!、仕方なく7時20分のヨーデルで盛岡に向かう私であった。それでも、前もって1時間の余裕を持って計画していたので10時6分のスーパーやまびこで東京へ向かっても、ぎりぎりセーフなのですよ。東京駅には12:32に着いた。中央線の快速で新宿へ、京王線の13:12発の特急「橋本行き」に乗車し、目指す会議場には14時丁度に到着したが、冷や汗ものであった。12月は冬の時刻になることを無視した報いではあったが?。

 それはそれとして、今日は、私の誕生日なのだぁ!。会議が終わって今、橋本のビジネスホテルにいる。ささやかながら一人で誕生日を祝うしかないだろう。この歳になるとめでたくも嬉しくもないが、ビールを飲めるのが嬉しい。幸い私の部屋の隣が自動販売機コーナーである。○ビスの缶ビール2個とつまみを少々買ってきた。
「どじな私に乾杯!」、そして「誕生日おめでとう」、明日は弘前に帰るのだぁ。帰りの切符を確かめてね。(^^;

- FAOMORI MES( 8):【文 芸】・・・・・・・・・ 方言・文学の部屋 99/12/18 -
02268/02268 KHB15327 ポリカレ青森 体験「慣れと言うもの」( 8) 99/12/18 11:37

体験「慣れと言うもの

 久しぶりの東京は結構寒かったようで、ホテルの朝のニュースでは今年初めて霜が降りたと言っていた。今日は出張が終わり、弘前に帰る日である。朝のセレモニーを済ませ、ホテルのフロントまで朝食の弁当を取りに行かなければならない。レストランが無いビジネスホテルなので前夜、朝食用の弁当を頼んでおかなければならないのである。引換券を持って一階のロビーに降りて行く。

 朝食の鮭弁(600円)を受け取り、部屋に帰る。電磁湯沸器のスイッチを入れ、テーバックの緑茶を準備しながら、お湯が沸くまでテレビのニュースを見ることにする。相当気温が下がったらしく、天気予報では4℃であったと報じている。4℃ねぇ!。この程度では雪国に住んでいる私としては寒い部類に入らないなぁと独り言を言う。テレビの映像は、通勤のサラリーマンがコートを着て手袋に襟巻きをし、足早に歩いている様子を映し出している。

 さて、お湯も沸いたし、朝食とするか。「おぉ、おごれ鮭弁だなぁ」、「鮭の切り身っこ厚づなぁ」と独り言を言いながら朝食を終えた。さて、身支度をして出かけるとするか。弘前から出てくるときはコートを着てきたがこの程度では、コートを着る必要はあるまい。スーツだけでいいだろう。
zenin1.jpg  ホテルのチェックアウトの手続きを終え、さっそうと外にでる。頬に関東の冷気が心地よい。普通の足運びで橋本駅に向かう。歩いて5分程度の距離である。しかし、変な事に気が付いた。駅方向から来る人、すれ違う人が私をジロジロ見るのである。中には振り返ってみている人もいる。「あれ?。私のどこかおかしいのかなぁ?」と思い良くやるズボンの非常口のチャックを手で確認するが異常はない。

 それならば、朝食後のご飯粒が口の周辺に付いているのかなぁと口を手で拭ってみるが何ともない。それ以外だと心当たりがないのである。行き交う人達を見て「そうかぁ!」と閃いた事があった。「今日の朝は寒いのであった」のだと気が付いたのである。全ての人が防寒具で身を固めているのに、私がコートも着ないでスーツだけで歩いていたから、「この寒空にスーツだけでねぇ!」と見られていたのであった。
職場の仲間と私(右端)1999年夏
 私にとってはちょうど良い気温であったのでコートは旅行カバンの中に仕舞ってスーツだけで歩いていたために、奇異な目で見られていたのである。慣れとは恐ろしいもので寒冷地で育った私には今日の朝の気温(10℃)程度では寒く感じないのである。そのまま駅まで歩き通したがジロジロ見られっぱなしであった。それでも駅の構内に入ると誰もおかしく感じないのか見られることはなくなったのである。

 08:06分の電車で新宿へ向かった。各駅停車の普通電車であったので途中の調布駅で急行に乗り換えた。9時に新宿駅でミニオフをする予定があるので時間までに到着しなければならないからである。電車は混んでおり、おまけに軽く暖房が入っているので私にとっては暑すぎた。これにコートでも着込んでいたら汗だくになったことだろう。スーツだけで幸いしたのであった。東京の人たちは電車の中でも厚着をして寒さへの重装備をしたままであるが、暑くはないのであろうか。昨日、雪国から上京して来た私にとっては暑くてたまらないのであるが・・・。

 そうそう、昨日の編集会議でもこんなことがあった。私には快適な室内気温であったのであるが、会議の途中に他の委員が「委員長、寒いんですがねぇ」と発言した。そこで事務局員がエアコンを確認したところ「暖房」のつもりが「冷房」のままであったとのことで、ただちに「暖房」に設定し直したのである。その後、室内気温が上がるにつれて軽く汗をかきながらの会議となった。寒さに慣れた身体には暑さはきついのである。北海道と宮城、青森の委員は寒さには気が付かなかったが南の宮崎や大阪の委員が寒いと感じたのである。

 同じように五所川原の職場にも名古屋とか横浜から転勤して来ている職員がいる。彼らが言うには「寒さが骨身にしみる」と言っている。私達が丁度よいと思っている気温でも南から来た職員には寒いと感じるのであろう。「ここの寒さは半端じゃないっすね」と言って3年程度で南に転勤していくのであるが、転勤の挨拶では必ずといって良いほど「寒さについての感想」を述べるのである。

 以前、こんな体験もした。7月に自動車で学生募集に県内を回った時のことである。そのとき一緒に行った職員が名古屋出身の方で寒さにはめっぽう弱く、暑さにはめっぽう強い方である。車内が相当熱いのにエアコンを使用しないのである。「○○さん、暑いのですがねぇー」と私、「え!、暑いんですかぁ、私はぜんぜん暑くないのですがぁ?」と彼。「もう、30℃近くありますよ」と私が言うとやっと冷房を入れてくれたのである。彼が言うには「名古屋では35℃を超えないと暑いと言わないよ」とのことであった。30℃の気温では暑くないのだそうだ。20℃になると寒いのだと言う。

 まったく、「慣れと言うもの」には驚かされる。私は暑さにはめっぽう弱い、寒さには強いのであるが雪国育ちであることから来る慣れなのであろう。体温の調節機能が「寒冷地仕様」になっていることから、温暖な地方に行くと調節が麻痺して機能しなくなるのであろう。地元の人が寒いと感じる気温にも反応しないため、スーツだけで平気な顔をして外を歩くことになるのである。「おめだぢ、えぱんだだ面すて見ねでけへ!。吾だきゃ、なんもえふりこえでらんでねんだぁ!」
体験「少雪だぁ!

こどす(今年)ぁ、ゆぎ(雪)すぐねなぁ!。もう、いぢがつ(1月)だぁ。なんぼえ(良い)しょうがづ(正月)だばなぁ。あんずます正月だぁ。おがげで運動不足だじゃ。サフロ(スコップ)さ恥かがへでまるねなぁ。

まえとす(毎年)こんだばぁ、ごぐらぐ(極楽)けんたぁもんだねなぁ。青森ど五所川原だば、うって雪っこ降ったてすばてぇ、去年さ比べればわんつかだもんだでばぁのぉ。しろさぎ(弘前)だばぁ、なぁ〜んも雪っこねぐなてまってらぁ。朝間、ゆぎっこさんじゃらっと降ても、昼間になればどげでまるもんだものなぁ。

こえだもの雪すぐねどご(雪が少ない所)えってしゃんべるでばの。そのきもぢっこ(気持ち)わがるぁ。雪片付げと雪掃ぎのちげ(違い)だべさの。すたばて、にげづ(二月)へがえでるはんで、ゆったどでぎねばてな。旧だばまんだ、12げつだね。すたはんで油断なねねなぁ。 二月に、のっつど雪降ってがら、うるだえでもまねはんで、パンツのゴム強ぐすて、構えでねばまいねんだどおもてらばて、こったあんべだばぁ ながながそった気持ぢっこになえねねなぁ。んだべぇ!。(^^;
おめもそ思ねなぁ。(..;)
ゆぎ(雪)わんかだば、おらだぢえばって、スキー場だのダンプカーだのだばすにえぎ(死に生き)だべさぁの。なんたてかへぎ(稼ぎ)ねぐなてまてるはんでなぁ。ゆぎねば 商売なねものな。冬場、スキー客ど排雪でままくってるんだはんでよぉ。

そえもほんだばて、雪すぐねばなづ(夏)に水不足になてまるはんで、こえもまんだこまたもんだね。雪おげでもわんかでもまいねんだねなぁ。ちょんどえぐ降てけねべがのぉ!。やっぱしぃ、雪国ぁ雪っこねばぁ「ワサビのね刺身」みてなもんだはんでぇさっぱどさねもんだねなぁ。(^^;

ゆぎっこすぐねはんで通勤も楽ぐだねの。すたばって、スタッドレス減ってまるんでねがてハカハカすてまるねな。へごまにかがってすける(交換)気にもなねね。なんたて三年目のタイヤだはんでよぉ。(^^)
こすたとす(年)めったにねぁ。これごと異常気象ってしゃべるんだべがぁ?。

雪っこかきてばて、かぐ雪っこね。こえもまんだつれもんだね。大雪だばぁ、こまてまるすぅ、すたはんでって少雪だばぁこまるふと(人)いっぺ居るす、なんぼなんでも平年並みってすごとで手打つてもんだねのぉ。天気さ相談こしてもまえねばてよぉ。(^^;

ゆぎ降ねば降ねてぇ、朝間からむったど、軍手履えで、長ケリ履えで、防寒服着て、ケド(毛糸)のシャッポ(帽子)かんぶって、サフロ持って、雪っこ降てけねべがなぁって空っこば眺めでるばて、降れば降たてぇ今度ぁ、雪片付げさおたてまて「も、雪えらねじゃ」ってしゃべるすなぁ。(^^)/

小雪、少雪、消雪どの漢字も暮らすにはうってえばて、大雪、多雪、豪雪だのの漢字だば、暮らすまんで暗ぐなてまるすなぁ。克雪、利雪、親雪だばぁインフラまんだまんだだすなぁ。ちょんどえぐなねもんだぁ。ほんだべぇ!。汝、そ思ねなぁ。汝も津軽衆だべさぁ。

日本もアメリカけんたに、州制度にへば、日本国津軽州弘前市って呼べばうってえんでねがぁなぁ。へばほれぇ、「津軽州の津軽衆」ってしゃんべるにえぐなるでばすのぉ!。(^^)
汝、何しゃべってるんだばぁ。雪の話すだべさぁ。ごだぐならべでねんで、雪のは話すこさながぁ。この、えふりこぎぁ!。

汝、そごまんでしゃんべねふてもえんでねがぁ!。あめにごだぐもかだりたぐなるでばぁ。この雪すぐねづぎに喋っておがねばぁよぉ、えまに二げつさなてみれぇ「どったらど、ごっそらど、のっつらど雪降るはんでな」。そなてがらだばこすた「ごだぐ」ならべでえらいねぐなるべさぁ。すたはんでしゃべってらんだね。あぁ、きんびえぐねぐなてまったじゃ。こえも少雪のおがげだべさぁのぉ。(^^:

鰺ヶ沢スキー場拡張計画について思う」

 私は、岩木山の自然をこれ以上破壊してはならないと思っている。鰺ヶ沢のスキー場の拡張計画のことは地元の新聞で読んでいたが、どうも、環境アセスメントに関しても自然環境保全審議会での委員の発言などに関しても公平を欠いた結論が出されていると思うのである。

 すなわち、スキー場の拡張が先にありきなのである。そのために型通り審議会を開催し、その結論を意識的に開発推進に有利に利用しようとしたのではないかと疑われても仕方がない結論となっている。下心が見え見えの審議会の結論ではあった。拡張する方法もあるが、選択肢として「拡張をせずに現状でもっと集客ができる営業方法を考える」という方法もある。企業が経営に関する自助努力もせず、ただ安易に「拡張」という方向に走るのいかがなものであろうか。

 鰺ヶ沢スキー場の拡張工事によって得をするのは、限られた建設業者を含む一部の人たちだけであろう。多くの地元民にはメリットがすくない開発となるだろうし、開発によって失われる自然環境の大きさや弊害は計り知れないものがある。企業の社会的責任や地域への貢献を考える時、「スキー場の拡張の方針」は決して地元に歓迎される方向とはなっていないと考える。もちろん、津軽衆には歓迎されないし、自然と人間が共生していく上では最も不似合いな方向である。

 開発業者の言いなりでよいのであろうか。審議会の委員が問題だと言っていることを故意に無視し、なにが何でも開発の方向に舵を取っているように見えるのは私だけであろうか。賛成の委員の発言だけを重視し、反対をする意見や発言を封じ込めている現状は看過できない。鰺ヶ沢の町長は儲ける頭しかないようであるが、これまで地元の農産物や海産物がどの程度「西武」が買ってくれたであろうか。地元の食材は大きさが揃っていない、数量を確保できない、品質が落ちると言って関東方面からの食材を多く使っていると聞く。また、鯵ヶ沢町の町民がどの程度雇用されているのかを考えていただきたい。スキー場の拡張によって今より格段に雇用条件が良くなると言う保障はあるのだろうか。

 木村知事も鰺ヶ沢スキー場の拡張を問題なしとして認可しているが、何の為に開発を急ぐ必要があるのかが分からない。環境アセスメントに対して、問題が無かったと発言していることも私には理解できない。いま、拡張しようとしている付近は地質的にも問題がある場所だと聞いている。開発が進むと下流(鳴沢川)の水質などにも影響がでてくるであろうし、そこに住んでいる鳥類(クマゲラ等)や昆虫などの生環境にも悪影響を与えることは間違いない事実なのである。開発することで誰が得をして、誰が損をするのか。そして何を得、何が失われるのかをじっくりと考えていただきたいものである。

 有史以来、私たちの祖先が営々と守ってきた自然を簡単に南からきた業者や政治家に破壊されてたまるものかと思っている。一度破壊された自然環境は絶対に元にもどらないことは誰でも知っている。であるからこそ、自然環境を現状のまま後世に引き継いでいくことが大切なのではないかと思うのである。それが霊峰岩木山にたいする津軽衆の礼儀ではないだろうか。岩木山の夜景がスキー場の照明で台無しになっている。百沢スキー場の照明、高長根スキー場の照明、鯵ヶ沢スキー場の照明などがそうである。岩木スカイラインのスキー場も該当する。これ以上スキー場の照明によって夜景が汚されることは防がなければならない。

 結論として、岩木山をこれ以上開発する必要は全く無いと思っている。自然を今のままで後世に残して行く事が私達の義務だと思うからである。岩木山は特定の受益者の為に津軽に鎮座しているのではない。たかが、スキーをより楽しむためだけのため、特定の受益者だけのために利用されたのではたまったものではない。スペースシャトルの「エンディバー」から地球環境を見た宇宙飛行士の毛利さんは言っている。「環境破壊をいま止めればまだ間に合う、地球の自然環境の悪化は防げる」と。もう一度言う。これ以上、岩木山の山肌を削る必要は全く無いと考える。(February,25th,2000)