naca npo法人アートコアあおもり
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high high project

渡辺泰子

略歴
1981 東京生まれ
2007 武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻油画コース卒業
(個展)
2006 [ランデブー] ギャラリー山口(東京)
(グループ展)
2005 新・公募展 広島市現代美術館(広島)
2006 『shadow』 GALLERY SIDE2(東京)

アーティストのステートメント

high-high project

初めて青森という地に足を踏み入れました。
遠い存在だった青森という街を少しでも近くに感じる方法とし て、私なりの市内空中散歩です。

 

世界の見方
真武真喜子

世界の中にいる私たちはどうしたら世界を見ることができるのだろうか?遠くまで出かけてみるか、それ とも高い空から眺めてみるのか。
渡辺泰子の世界の見方は、一風変わっている。どこからかやってきて、地面にぴたりと足を止める。かと 思うと緩やかに足が浮かび上がり、しばらく空中にとどまっているではないか。渡辺の青森での短い滞在制 作による映像作品《High High Project》は、そうした青森市内での浮遊行為を記録したものである。しかし作品を見る私たちは、浮遊体験中の渡辺の表情や全身の動きを確認することはない。渡辺がそうやって世界を眺めているときに、私たちが見ることができるのは、渡辺の足と地面のあいだのわずかな空間なのである。
この映像作品をみたとき、「スラップスティック」というカート・ヴォネガットの小説を思い出した。本はもう手元になく、遠い記憶なので定かではないが、近未来の地球生活が舞台である。その頃地球の気象は、気温や風雨の状況もさることながら、何より重力の変化で測られるというものだ。その世界で起こるドタバタが物語の中心にあるのだけど、ストーリーはもう思い出せないのに、なぜか重力予報にしたがって、浮かび上がったり、這いつくばったりして歩き方を工夫している登場人物の姿だけが強烈に思い出される。
渡辺はもしや、このヴォネガットの想像した未来の地球環境での暮らし方をひとり実践しているのかもしれない、と想像してみる。この地球に渡辺の関心を惹きつけるものをもっと与えておかないと、このままでは手の届かないところまで浮遊していって、空の果てまで上って行くか、またはヴォネガットのような未来の重力世界へと旅立ち、ながいこと戻ってこれなくなるのでは、と思う。
しかし渡辺を愛して遠くに行かないでほしいと願っている人々、安心されよ。渡辺は旅が苦手である。よくぞ青森まで来られたことと思う。どうしても出品しなければならない展覧会や見ておかなければならないものがあったときに、重い腰をあげる渡辺の様子が眼に浮かぶ。そして用事を済ますと、さっさといつもの自分の場所に帰って行くのだ。こんなとき、つまり浮遊しないでいる日の渡辺には重力が強く作用しているのだろう。
まるで重力予報を読みながら暮らしているかのような渡辺は、地に足をつけたままいるか、少し浮かんで空中にとどまっているか、を繰り返す。その高さを伸び上がるわずかな時間に、地面と浮いた足のあいだの空間に、渡辺が青森で発見した世界がこめられている。
こうして駅前エビナ広場や善知鳥神社、青い森公園など市内七カ所で録画された《High High Project》は、「上を向いて歩こう」展覧会期中、商店街のあちらこちらの店舗内におかれたモニターで何気なく上映された。上映会場である店舗と、撮影現場とはさほど離れた位置になく、青森市民ならば少し画面を凝視すれば、たとえ足と地面の間のわずかな空間であっても、それがどこで撮影されたものであるか判明するだろう。しかし浮かび上がる足元の空間として切り取られたその映像は、同時にその場所に抽象的な広がりをも持たせる。 店舗内の日常そのままの空間と半抽象的反日常の映像がもつ空間の隔たりは、渡辺が覗く世界と同じくらい、至近距離内で見つめる遠い世界の像として表われるに違いない。

(ACAC学芸員)