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原始貨幣のアフリカ ───錆びた鉄が生み出した造形

佐々木高雄

 私たちが普段手にしている貨幣といえば、一円玉はじめ五円、十円、百円、五百円といったコインに千円、二千円、五千円、一万円の紙幣を使用していますが、世界各地には様々な貨幣が存在します。よく話題になるのは南太平洋の諸島に暮らす先住民族が使用したといわれている、石でできた丸くて大きな真ん中に穴の開いた貨幣が有名ですが、それより多種多彩で知られているのが、アフリカの鉄で作られた貨幣です。
 アフリカには数多くの民族が暮らしていますが、それぞれの種族が種族固有の特徴的なデザインをした貨幣を流通させています。その殆どが鉄製(稀に銅や真鍮製もある)で、大抵は真っ黒に錆びています。使用している種族はそれほど多くはないのですが、中央アフリカに点在する諸部族をはじめ北はチャドからナイジェリア、カメルーンなどの西アフリカ、さらに中央に位置するコンゴ民主共和国、それに南アフリカ共和国などで使われているようです。貨幣ですから物の売買という経済行為の必需品であることはもちろんですが、結婚の際の結納金として使われたり、特別な儀式や祭りのときの献上品としても用いられることが多いようです。
 貨幣のデザインは、普段生活している身のまわりの、さまざまな物から転用したり、形にヒントを得て作り出したりします。たとえば武器として使っている槍や鉈、獲物の動物を倒すためのスローイング・ナイフ。船の錨。あるいは鋤や鍬、スコップなど土を掘るために使用する農機具。手首や足首を飾る腕輪、足輪などの装身具。楽器としての役割は当然としていうまでもないが、近隣との紛争が生じた場合の緊急連絡用にも役立つ鐘や銅鑼。食事のさいテーブルに並べられるスプーンやフォーク、篦などの食器。馬や牛などの家畜に使う汗掻き具。あるいは19世紀のイギリスの挿絵画家ビアズレイが描いたような、人間の横顔をシルエット風に鉄板を打ち抜き、ふわりとマントを着せたようなエレガントな形のもあります。
 アフリカ人の造形感覚に触発された多くの芸術家の一人で、シュルレアリズムの彫刻家アルベルト・ジャコメッティが作り出した人物像そっくりの、無駄な肉を削ぎ落としたような、腹の部分が少し膨らんだ直立不動の鉄の棒があると思えば、その棒の端に手を加えて鳥の形にしたのもあります。ジャコメッティには、ほかにもスプーンやゲーム盤、匙、人物像などアフリカや南太平洋の諸民族が日常使っている物から、示唆を受けたと思われる作品が多く残されていますが、このことは現代美術を観る眼に、新たな視点を加える栄養剤≠ノなるのは間違いないでしょう。
 人間の背丈ほどもある巨大な槍の形をした貨幣を流通させているコンゴ共和国のツルムブ族は、結婚するために用意しなければならない結納金としての役割を、この大きな貨幣に持たせています。花嫁を迎えるためにはわずか一本だけでは成就しません。三十本も用意しなければ、花嫁どころか生活必需品としての丸木舟一艘すら手にいれることはできないのです。しかし、これほど多量の鉄材を草や樹木や赤土だらけのジャングルやサバンナからどうやって調達するのか、人ごとながら心配せざるを得ないのです。おそらくは内戦などで捨てられた戦車、銃器類、ジープやトラック、それに白人農園が見捨てた廃墟あたりから見つけ出した耕耘機などの農機具を再利用して作り出すのではないかと思われます。さらに難関が待ち受けています。苦労して集めたスクラップを貨幣に加工してくれる鍛冶屋さんが簡単に見つかるかどうか。結婚するにしても大変なハードルが目の前に幾つも待ち構えているわけです。
 さて、婚約が無事成立し結納金を受け取った花嫁の父は、自分の家の周りにずらり並べて地面に突き刺し、周辺の村人たちに向かって「どうだ、俺はこんなにも金持ちだぞ」と自慢できるのです。このほか、とんでもない使い道もあります。隣村との間が険悪になり武力紛争が起こると、せっかくの貨幣を鋳潰して矢の先につける鏃や、槍の穂先を作り武器に変身させるのです。
 サバンナで動物を狩猟するとき使われるブッシュ・ナイフや、畑を作るため土を掘り起こしたり雑草を取り除いたりするための鎌や鍬、シャベルも、主たる目的として使用するのは当然ながら、そのままの形で貨幣として流通させるというなんとも闊達自在なところが、アフリカ的と言うのでしょうか。もっとも貨幣のときは、握りの部分についている木製の柄や巻き付けている皮や布を外すのはいうまでもないことです。
 古くから欧米諸国との接触があった西アフリカのリベリアやシエラレオネなどの諸国では、キッシペニーと呼ばれている長さが30aほどの、細長く一方の端を平べったく加工させたT字形の貨幣が広く知れ渡っています。これは一本の単独で使われることが多いけれど、高額の買い物をする場合は何十本も束ねて使われることもあります。
 外国から容赦なく入り込んできた文明はアフリカ貨幣の世界にも侵入しました。白人たちが自国の安い鉄で偽造≠オた貨幣を大量に持ち込み、象牙や毛皮、金銀や宝石などを買いあさったのです。いまでは、ドルやユーロなど先進諸国の貨幣に支配されてしまい、鉄の貨幣の時代は終焉を迎えつつあります。

(npo法人アートコアあおもり naca理事長)