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樹皮布から織物へ 草ビロードの魅力

佐々木高雄

 

 辞書を開いて『布』の項目をみると『織物の総称。麻、くずなどの植物の繊維を織った織物』とある。 前回の『ピグミーの描いた抽象絵画』に出品したムブティ族の衣類は、樹木の皮を剥ぎ取って鞣した物に絵を描いただけでは、 布とは言えないかもしれない。シュールレアリスムの主唱者アンドレ・ブルトンとけんか別れし、サルトルの実存主義に共鳴 した詩人で民族学者のミシェル・レリスが著した旅行記『幻のアフリカ』の1932年3月27日の記述に『マングベトゥ族 (ピグミーの一種族)とのはじめての接触。伝説の食人種だ。大多数がはいている樹皮の短袴は、ピエロの襟飾りのように腰 のまわりで裾ひろがりになっている。女たちは木の葉で作った襞付きの短いスカートをつけ、尻には楕円形の藤細工を当て、 前には小さな巻布を腰紐で留めている。幾人かの女は、前側に木の葉のスカートの代わりに大きな長方形の叩いた樹皮をつけ ている』とあり、学者らしい鋭い観察眼を披瀝している。しかしながら、樹皮に描かれたモダンアート顔負けともいえる抽象 絵画にまで目を向けていなかったのは、惜しまれることではある。
 さて、今回は”布でない布”から一歩進めて”織物としての布”をお目にかけよう。アフリカの臍ともいえるコンゴ民主共和国 の、ピグミーの居住地から南西方向へ一千`も離れたサバンナと森林が交錯する地帯に、クバという名の王国が存在する。 大航海時代からヨーロッパ各国に知れ渡り、周辺の20近い種族を統治して約400年、20代以上にも及ぶ王国を築きあげ、 現在の共和国政府も黙認するほどの勢力を誇っている。
 クバ王国の人々は、ラフィアと呼ばれるヤシの木の若葉を採取し、細く割いて繊維を取り出し、斜めに立てかけた織機で50 〜60a四方の正方形をした平織りの素地を織りあげる。この素地をベースに、異なった地域の種族が際立った特徴を持つ二種 類の布を生み出し、クバ王国独自の産物を生み出した。
 王様が住む首都ンシェーングを中心に勢力を広げているブショング族は、文様の表現にまで階級制度を盛り込むような アップリケを全面に散らした巻き布を作り、首都のはるか北方に暮らす辺境のショワ族は、変幻自在な幾何学文様を駆使した 刺繍作品”草ビロード”を作る。ブショング族のアップリケ作品は、次の展覧会に機会を譲るとして、今回は津軽のコギンや 南部のヒシザシと同じように、素地の折り目を一つ一つ拾いながら針糸を刺して幾何学文様を形づくる草ビロードを紹介しよ う。草ビロードの名称の由来は、目を拾いながらリズミカルに幾何学文様を作りだして刺しこんだ糸を、いったん切り離して 2〜3_の長さに揃えるため、毛羽だったビロードのような感触を生みだすことになり、そこから名付けられたものらしい。
  草ビロードは、ほとんどの作品が、座布団と同じ正方形で厚ぼったいため、衣服として着用は難しいところがある。 製品の多くは土産品として珍しがられるほか、地元では産出しない赤色染料の原料となる木材や財物として貴重な子安貝を 入手するための交易品となり、貨幣の代用品としての性格すら持ち合わせている。しかし、本来の目的は人生終焉のさい、 伝統ある家系の誇りを独自の文様で表現した草ビロードで身体を飾り、生者に尊敬の念を持って送られ、冥土で待つ先人たち にも同様の思いで迎えられるために必要欠くべからざる貴重品なのである。しかし、現在では見事なデザイン感覚と精緻な 技巧で早くから欧米諸国の博物館やコレクターから注目され、アフリカン・アートのなかでも独特の地位を保ちつづけている。  たんに、樹皮を剥いで鞣すだけのプリミティブな布作りから、植物から繊維をとり織機で素地を作るうえに染色や刺繍など の技法を駆使してアップリケを施したり、目を拾ってさまざまな文様を刺しこみ、ヴァラエティに富んだ衣料を作り出してい る。しかも、男が織機で素地を生み、女が文様を表現するという分業制度の芽生えなど、私たちが身にまとっている衣服が どんな歴史を辿ってきたのかを考えさせるヒントになるのではなかろうか。

(naca理事長)