「海 I」


夏の海は人間にとても寛大になる
荒れ狂う冬の顔なんか忘れて
春の微笑をひきずって
秋の感傷的な瞳のために
やさしいおばあさんのように

波に顔をつっこんで
ぶくぶくぶくと息を洩らす
すると
糸電話のように
確かな声が
ぶくぶくぶくと耳に囁く
海に潜って空を仰ぐと
空がくしゃくしゃに泣いている
束の間
溺死体になる

人間がこんなにも憧れる海
帰りたい海
たぶん
海が母の体内だから




柴崎昭雄・詩作品


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