「トイレ」・なっつ


彼にとってそこは
喧騒から逃れる唯一のドア

家の喧騒は居間からながれてくる

こどもが泣いている
ちゃんとご飯をたべなさいと詰め寄られて

どうしてなのだ
ベールをかけた美しい白いドレスの
女が

角を出して太い声を出して

 

いいえあなたこれが
現実ってものなのよと

しゃもじを振り上げておわれ

卑怯者となじられる前に
耳栓をしてかけこむ

知っている
彼は

このプライベートゾーンに

新聞を持ちこめばあとで
ふたたびなじられる

 

けれど一秒とて大切だ
彼には仕事がある

彼はいくぶん
喧騒がしずまるまで
しばらくは腰をかけている

そのうち
パパはどことさがしはじめる
幼いむすめの甘い声に
彼は
時間を思い出す

 

彼は知っている
これから

辿る戦地へのアスファルトにくらべれば

こんな喧騒など
とるに足らぬことを

トイレのドアをそっとしめ
彼は
眉を引き締める

鏡に映るのは

ちがう男




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