川柳名句集

 

・1997年7月18日より、私の独断と勝手な解釈で川柳を取り上げ、感じたことを書いてみようと無謀にも思いました。多分、句の作者は大迷惑だと思いますので、あらかじめお詫び致します。(敬称略)


2004年〜2005年

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■玉木柳子川柳句集「砂の自画像」より

昭和回顧

子の瞳から忘れかけてた灯を貰う
生命線だけが残った掌で詩う
妥協するたびに小さくなる歩幅
水を飲む弱気な父を見てしまう
聖書一枚落丁だった原爆忌
モナリザに終生微笑と言うノルマ
少年のこぶしに育つ海がある
骨董屋に私の尻尾売りに出す
これ以上耐えるとノッペラボーになる
どう見ても仏に見えぬ顔で死ぬ
金属疲労はとうに過ぎてる父の肩
誰にでも好かれる面がまだ彫れぬ
風船百個あなたが笑うまで飛ばす
影法師今夜は離れてくれないか
嫌われているから毛虫になってやる
生々流転花もゆきずり風もゆきずり
釦ひとつはずしてカゴメの輪に入る
悪友と呼ぶ一本の傘がある

優しい眼差しと批判精神、そして孤独な影が、それぞれの句を形成していて、じわっと伝わってきます。

平成転生

どうしても笑わぬ石が掌に残る
生も死もたった一文字だよ卵
風船になろうか妻よ青空だ
さくら葉ざくら魚の呼吸で逢うふたり
転ぶこと位は何度でも見せる
てのひらで囲むくらいの欲はある
すうどんで林芙美子の放浪記
人差指がとってもこわい銃になる
正論で生きる折目のないズボン
記念樹のサクラばんざいもうしない

ふんわりとした風刺があり、一人の人間の姿が見えてくる。


 

■山本忠次郎川柳作品集「点描の夢」より

石仏の頭

まだ熱い死体を冷やすハンモック

生きていながらの死体。しかし、未だに熱を保っているもどかしさ、葛藤があるのだろう。

一九八〇年代前半

もう動くまい紙の柩を誂える
親族の眼鏡を一つずつ毀す
石仏の頭に置いた風邪薬
父の謎よりやっかいな母の謎

石仏に置いた風邪薬はさぞ効果があるのだろう。母の謎は複雑で深い。男では解明不可能である。

父の背中
一九八〇年代後半

日の丸の旗がうつった強化ガラス
のっしのっし太めの死神がくる
影武者死んでしゃっくりが止まらない
突然目が据わってきた学習ザル
分厚い耳で聞いている虫の息
眠ってるうちに無駄毛が生えてくる
いつも来ている学校が好きな鳥
腕組をしている猿を疑わず
トンネルを出ると山下清になる
きれいな傘を持っている青鬼赤鬼
地球儀のどこにも裏張りの戦史
パンの匂いする古本買っていく
老人の欠伸うしろの凄い闇

強化ガラス、太目の死神、しゃっくり、学習ザル、無駄毛、沢山のアイロニーの迫力。

点描の顔
一九九〇年代前半

思ったより大きいおばあさんの舌
ひとごとの賑かな死と静かな死
括弧の中で男が一人眠っている
仮縫いのまま立ち往生してる父
男っぽすぎて中指知らん顔

実はおばあさんはとても逞しいのだ。静かな死、賑やかな死が毎日溢れている。

光らぬ蛍
一九九〇年代後半

縦にしか首を振らない父となる
父も母もチチンプイと死んでいった
丁度いい雑音の中でくつろぐ
髭を剃る鏡半分俊太郎(俊太郎逝く)
花片散る前頭葉の縫合線
漫画の中で寝て居る父を起こす
副作用ばかりが効いて元気だよ
愛咬後口中にいる光らぬ蛍

父や母が老い、弱さを目の当たりにすることのある種の恐怖。

二〇〇〇年代

闇が咲いている 体内時計鳴る
汗臭くてたまらない父の日記

父の日記の懐かしい匂い。

硬質のアイロニーと、死を強く意識していると思います。それは逆に生の存在を意識させる。また、父母への優しさが見えてきます。

 

■普川素床川柳作品集「考梨集」より

1975〜1983年作品

長いものに巻かれる快い湿気
棒よりも高い棒高跳びの意志
死を詰めた風船がとぶ春の空
のど自慢どこかで死者がまたひとり
したたかな朝の死体の髭を抜く
昭和史という冗談が長すぎる
オーケストラが鳴り出す葬儀屋の朝
太陽が沈む不思議な地図の上
包帯をほどきながらぞくぞくする
修司逝く五月の空のとんちんかん
喝采の深みにはまり死ねないパン

 死と対峙している時ほど生が見えてくる。風船も髭も五月の空も確かな「生」なのだ。昭和は長い冗談だったのか‥‥とてつもないエネルギーを発し、沢山の人が死に生まれた昭和。

1984〜1991年作品

紙ヒコーキ静止するとき地のくらさ
みんな空腹だった幸せだった
快感の すこし遅れてくる電車
ものまね鳥のかかえきれなくなる卵
無限 石はつまずくためにある
いわしの目から祭りが溢れてくる
陽に焼けぬところもすこし偽牧師
父は詐欺師で昼の蛍を売っている
咳き込んで道化師たちをわっと吐く
地平線までくっきり晴れている迷路
ソフトクリームにぺろっと顔をなめられる
非常口いっぱい描いてぐっすり眠る
夜明けの棺にうっすら産毛が生える
幸福のような南瓜の水びたし
通帳に毛生え薬を塗り庶民

 空腹が幸せだった。空腹が満たされてから何かが狂いだした。ものまね鳥も偽牧師も滑稽でありながら妙に人事とは思えない。蛍を売る父が好きである。ぺろっと顔を舐められた冷たい戦慄。毛は侮れない。毛ほど大切なものはない。今夜も非常口を描いて寝よう。

1992〜2000年作品

困ったという顔で幸福駅の駅長
行きつ戻りつあの世この世の煙草の輪
月光を呑んで危ない指の先
影をクリーニングに出しぼんやり煙草
火宅とは 鏡のくしゃみしきりなり
さりげない幸せさりげなく腐る
時の残り 刃こぼれのないさびしさも
さびしい肉体 ラジオ体操は今日も
秋 鳴らぬ楽器が家路を急ぐ
かなしみが深くて五分ほど笑う
救いのように軽い棺と軽い墓

幸福駅と言われたばかりに困り果てる駅長にリアリティを感じる。あの世でも煙草の輪をプカプカ出来たらいいなあ。幸せを放っておくと腐り、さびしい肉体でラジオ体操し、鳴らぬ楽器に鞭打ち働かなければならない現実がそこにある。

生きていることのペーソスを感じます。


 

■井出 節川柳作品集より

亡母の忌や 猫が一日戻らない
活魚裂く親を嫌いし十指かな
洗っても洗っても落ちぬ月の染み
担ぎ手がペラペラしゃべる父の棺
葬列に交わり薄き人といる
父は無口で夕焼けばかり描いている
ほんとうのことはいわないりんごのしん
消しゴムを捨てる危険は知っている
逃げ込んだ闇で十指を確かめる
月が大きすぎてすこし咳き込む
ゆるやかな自滅の坂にある本屋
いくつものポストの果ての青い教会
開かない窓から見える人体模型
昏睡の母に触れれば海の音
父はときどき菓子折りさげて芒野へ
愛咬や ゆっくり動くおもい貨車
裏の小川をタンス流れて遅い破瓜
太い棒になってしまったボクの触覚
ポストの前で急に始まる変声期

井出さんの作品はアイロニーがあり、また、繊細な家族との繋がりが見える。そしてその危うさとユーモアが伝わってくる。共感する句が沢山あった。


 

■須田尚美川柳句集「自画像」より

「起の章」
滴るほどの月と問答して負ける
輪廻とは地の果てにある被告席
失った景色ばかりが鳥籠に
いちどしか乗せてもらえぬ霊柩車
落石注意の下で宴が盛り上がる
埒もなく生きてもともと春画一枚
騙し絵よ電子レンジがちんと鳴る
森を消す手品師がいるさむいさむい
遠吠えのなんとも脆い下半身
余白とは哀し音符が踊らない
痴れていちにちエロスとのぼる縄梯子
一匹になると泣きだす砂時計
本棚の太宰治も褪せてしもうた
吊革の死体を誰も見てくれぬ

「承の章」
沖を見るための目覚めを繰り返す
矢印に叛けば濃霧注意報
一幕一場転ぶ間もなき兎飛び
償いはいつでもできる花より団子
枯れてなお妻の激辛カレーかな
妥協するたびに飲み込む生卵
乗り捨てた駱駝の数をいまさらに
信じるものがまだあり遮断機が上がる
能面の裏もびっしり蝉時雨

「転の章」
突っ張った日は遥かなり胡麻豆腐
銃口はあなたに向いてますかしこ
美しく老いたし沖に灯をともす
詩人哀しレモンごときに遊ばれる
喉がからからダリの時計と湖底まで
バンザイが嫌いで鶴を折っている
恍惚と不安と月がまんまるい
天国も地獄もひとつ眼鏡拭く
氏素性は問うまいぼくも深海魚
にっこりする影に本音をいいそびれ
恨みっこなしとは酷なおぼろ月

「転の章」
落とし穴の空気がうまいのも困る
死ぬまで男あるいは女さるすべり
割れるまで転がってみる夜の卵
崩れない豆腐を父としておこう
無色にもなれず鬼ごっこが続く
トリックの裏を覗けば阿波踊り
花いっぱいの柩よ雨は晴れたのか
敵か味方かにこりともせぬ唐辛子
道化師の肉声どっと雨になる
いのちの話しようと雲が浮いている
舌戦の果て満月を裏返す
風船が割れたみごとな切腹だ
玉手箱と男がひとり祖国かな
嬉々としている噴水に首がない

須田さんの作品は鋭い風刺があり、人間としてのペーソス、ダンディズムがあり、好きな句が沢山あった。


 

■なかはられいこ句集「脱衣場のアリス」より

#1
からだとこころ、こころとからだ。うそをつくのはいつでもこころ。

うっかりと桃の匂いの息を吐く
悦楽やラップの芯に巻かれゆく
五月闇またまちがって動く舌
くちびるがいちばん昏くなる真昼
ゆびさきの魚臭かすかに欲情す
こいびとをくくるおおきなかぎかっこ
君と僕 名を呼ぶときに吃りあう

うっかり吐いた桃の匂いの息。でも、悔しいけど素直な反応なのだ。
ラップの密閉性、吸着感が心地よく感じてしまう。
「舌」という本能的で、エロティックな「動き」がドキッとさせる。コントロールしようとすればするほど思うように行かないもどかしさに覚えがある。
逆説的に、くちびるが一番輝くのが夜なのだろう。「いちばん昏く」に無条件で共感する。
殆どの人間は匂いフェチだと思う。動物にとって匂いは本能さえゆさぶる。そして特定の記憶さえ鮮明にさせ、欲情させる。
大事な存在をくくるかぎかっこ。それも大きなかぎかっこ。純粋な思いが伝わってくる。
君と僕の間にある緊張感。ぎこちなさがかえって新鮮である。

#2
オッペルの象が出てゆく春の家
にくしんが通る網戸のむこうがわ
ただいまと帰る真夏の井戸の底
抜けそうで抜けない指輪 海の家
家族かな指のかたちにへこむパン
目の前にやわらかそうな喉がある

オッペルが大勢いる現代の社会に純粋無垢な象が出てゆく春の家。いろいろな意味で自己が晒される。そして自立‥‥。
網戸というある種のフィルタを通してみる家族。自分の自我が確立されるほど、網の目は細かくなって、肉親との距離感がでてくるのだろうか。
真夏の井戸のひんやり感、静寂。落ち着ける場所でもあり、独りでは淋しいときもある場所。「ただいま」って大きな声で言ってみる。
抜けそうで抜けない指輪。男と女の縁も不思議なもので、理屈では説明できない。私の両親を見ていると更にその思いが強くなる。「海の家」から、ひと夏の強烈なエネルギーと儚さを感じた。
指のかたちにへこむパンと家族が妙に合っているように思う。違和感のない自然なかたちで受け入れてくれそうな感じがいい。
やわらかい喉‥‥クイックイッと動く喉仏。喉は人間が鍛えることのできない部分の一つであると言われる。そしてエロティシズムを感じる部分でもある。もし、目の前にあったら‥‥。

#3
「またね」と手を振って彼女は消えた。雨の匂いがした。

桃が咲く横隔膜を押し上げて
桃・桜 そしてあなたも飛び出す絵本
春風や触れて離れてひとの指
鳥になる人 人になる鳥 茜雲
三月の水の昏さが手首まで

幸福感なのだと思う。横隔膜を押し上げて、は男には描けない発想である。
「飛び出す絵本」満ち足りた、楽しい思いをひしひしと感じさせてくれる句。
触れたり離れたり、指を通じて伝達されるものがある。春の風は出会いと別れをまとっている。
鳥になる人、人になる鳥‥‥自分はどっちだろう‥‥。
「水の昏さ」は発見である。手首まで浸した昏さは、ゆっくりと体中に広がってゆく‥‥、微妙な恐怖感も覚える。

#4
口笛に呼ばれて月へ行ったきり
空に満月ぞくぞく届く不燃物
たいくつな景色のなかの赤い蟹
蝉死んでセメダインの赤い蓋

たかが口笛だと思って油断してしまった‥‥。いま、誰と一緒に月に居るのだろう。
満ちた月とは逆に、どんどん体内に溜まってゆく不燃物。どうやってこれを吹き飛ばそうか‥‥。満月が恨めしくさえ思えてくる。
退屈であればあるほど、赤い蟹がイキイキとしているように見えてくる。さてどうやって捕まえようか。
子供の頃、セメダインでよくプラモデルを作ったり、壊れた物を修理した。その記憶と独特の匂いは今でも鮮明だ。セメダインだったら、死んだ蝉でも修理できそうな気がする

#5
この傘は夜の匂いのまま開く
メモになる紙 鶴になる紙 満員電車
くちびるを拭う黙祷二秒前
着メロは「スタンド・バイ・ミー」秋の中
たったいま切り倒された樹の匂い

夜に閉じた傘には、そのまま夜が閉じ込められているのかも知れない。ましてやあの夜の傘なのだから。大先輩である西山茶花さんの<逢いたや昨日ぱっと開けば薫る傘>という句を思い出した。
メモと鶴、紙にとってはどっちが幸せなのだろう。あるいはそういう問題ではないのかも知れないが、紙の使命感(?)を感じる。
「拭う」で黙祷の直前まで何かを「むさぼって」いたという感じがする。「食べて」いたというよりも「むさぼって」。黙祷の直前でも、「人間」ならやりかねない。
スタンド・バイ・ミーの着メロにペーソスを感じてしまう。「秋の中」が効いている。
「樹の匂い」は何ともいえない安心感を与えくれる。それが例え、樹の死によって生まれたとしても。

#6
ウォシュレットぷらいどなんてもういいの
のりしろを踏まないように遊歩道
回線はつながりました 夜空です
遠いジハード廃車置場の夏の空

羞恥心と快感はふとしたきっかけで結びつくことがある。ウォシュレットはハマる人はハマるらしい。
道を何かに見立てて歩く遊びをよくやった。縁石を平均台にしてみたり。「のりしろ」という喩えが、その言葉の意味から想像を広げて面白い。
夜空につながった回線は無限である。一生かかっても巡りつくせないだろう。ロマンがあって嬉しくなる。すごい想像(創造)力だ。
私も廃車置場が好きだった。なぜか少年には神聖な場所に思えた。

#7
「マディソン郡の橋」を観ても「タイタニック」を観ても泣かなかったのが自慢だったのに、すいかが甘くて泣いてしまった・・・不覚。

タンカーをひっそり通し立春す
はつこいや月星シューズおろしたて
暗記する桃の産毛の舌ざわり
奥の間ではさみを使う音 雨ね
夏野までタオルケットをひきずって

ユーミンは視覚的にソーダ水の中に貨物船を通したが、タンカーの句は、「ひっそり」に精神的な意味を強く発している。春の気配に前向きな期待感すら覚える。
おろしたてのシューズを履いて学校へ行くと、ピカピカ過ぎてちょっと恥ずかしかったのを思い出す。「はつこい」もその頃だったろうか。
桃の産毛をペロリと舐めると何ともいえない独特の感触がある。そういえば、これにそっくりな感触を知っている。「暗記」という人間の機能が切なくもある。
はさみの音、雨の音、無言でありながら二人の会話が聞こえてきそうです。なんか、いいなあ。
タオルケットをひきずるアンニュイな気持ちで、太陽が燦燦と照りつける夏の野原に佇ったら、心は晴れるだろうか。いや、どうであろうが、それでも行ってみる。


 

■田中 薫句集「ア・ラ・カルト」より

いちめんの菜の花となり耳開く
生きたしと思う 枝いっぱいの桜
春の雨でんでん虫は誰と死ぬ
野遊びのところどころにくすりびん
木瓜ひらく少年老いてまくらがり
春の部屋のおちこち疲れたズボン

 「生」への思いを強く感じる。老いてゆく少年のくらがりの不安は私の中でも広がってゆく。生を意識すると必然的に死も意識せざるを得ない。共感する部分が沢山ある。

血縁のいたるところに杭の跡
明けやらぬ闇がひとりの遊び場
西瓜切る 禁煙をしてまだ三日
暗がりの妻の手を取る萬燈会

 血縁や家族と自分の繋がりも考えすぎるほど考えてしまって、私は時には疲れ果てることさえあるが、やはり家族の支えは大きい存在である。「ひとりの遊び場」は自身を凝視する場でもあると思う。「禁煙をして三日」のユーモアも好きである。禁煙三日目の何とも言えない心境が伝わってくる。

ジェット機の爆音近く冷や奴
音もなく花火の揚がる少年期
散髪屋ふらりと梅雨が明けていた
文庫本持って屋上のひまわり

 ジェット機の爆音の非日常、日常の冷や奴。自分はそのどちらなのか‥‥。非日常、日常のどちらにも存在している。
音のない花火を揚げる少年は、心理的に私にも覚えがある。多感な反面、消化しきれない意思を伝えるには不器用な時期であると思う。

柿熟れて言葉すくなくなってゆく
瞬いて人形の眼にすすきかな
満月といえども届かないメール
寒燈や大法螺吹きの青電話
どの部屋の明かりも消えて歎異抄

 熟れてゆく柿への不安感(恐怖感)。自分自身でもある人形の眼と届かないメールに空虚感が増殖してゆく。大法螺に救われるものがある。

無神論 髭は毎日伸びてくる
ふたりいて淋しさの棲む耳の底
てのひらを かさねておりぬ いのちかなしき
俺も塵のひとつの夕映え
てのひらに冬の塊

 何かの罪の如く髭が伸びる。償いの如く髭を剃る。独りの淋しさよりも、ふたりいての淋しさの方が何倍も何百倍も辛く、哀しい。掌を重ねることでより強く伝わってくるいのちのかなしさ。塵であることを自覚すると気持ちが楽になる不思議さ。掌の上のどうしようもない感触を持て余す自分。それを誰にも手渡すことのできないもどかしさ。

にんげんは
脆いものだと
手紙を書こう
白いふくろうに

 自分の脆さに気づくことの救い。「脆い」ことは恥ずかしくもなんともなくて、そのままの自分だと思う。

一日四回
薬を飲んで
     蛇
穴を出る

 一日四回、穴を出る、という生きている日常。私も一日四回穴から出て、薬を飲んでいる。とても共感する。

エニシダは無数に咲いていもうとは
夕日に向かい車押すいもうとの 棺桶みかん箱

 私の父も終戦間もなく、たった一人の幼い妹を亡くしている。何年、何十年経っても、その記憶は薄れず、鮮明なままだと言う。逆縁ほど辛いものはなく、言葉では言い尽くせない。


 

■西 山茶花句集「伽羅の道」より

「命なりけり」
誘われて こは月明(ゲツメイ)の小町井戸
喪服をたたむそこいらじゅうに露の花
生涯や つらいでもなくこぼれる泪
刺の花、しばらく見ている行き止まり
憶(オモ)う人思いつくせり梨さくり
いちもんめの夢に朧の身を投ず
行く秋の背なに浴びせる葦の笛
どうせなら七重に八重に火の桜
冷めた紅茶を温(ヌク)めて飲んで人恋し

「夢塚や」
椿小路の朧を帰るどこまで帰る 
もえつきたいか たわけを叩く水鏡
逢いたや昨日ぱっと開けば薫る傘 
跳ばんとすれば朧になりぬ川の巾
チンドンと往く一面に鬼すすき
誰を待つ伽羅(キャラ)の青衣(セイイ)のたたみ皺(シワ)
合掌の阿修羅(アシュラ)に開け母の蓮華(ハス)
あなたとの距離に蛍明滅す

「左眼に桜」
花の木で居ればいいのに笑ったり
いろいろの橋を渡って終(ツ)いの橋
祖父淡く水甕の水ゆらし居り
左眼に桜秘めたままでも生きられる

第一句集「山茶花」より

しみ消えず博多はかろき帯ながら
物忘れ母の救いとなりしかな
もひとつの空恋う透(ス)ける帯しめて
乾いた傘が昨日を嘘にしてしまう
されどなお鍵穴を去る風がある
山越えて肋(アバラ)も情(ジョウ)もすき透(トオ)る
片目つぶって死後の屋根など見ています
ひわ色の帯揚げあたり少し春
星を吐く惨憺(サンタン)として燦(タン)として
紫陽花のたわわに死ぬる邪魔をする

第二句集「堆朱(ツイシュ)」より
泣きに行く二階があってお月様
噛み切れぬ舌端(ゼッタン)冷やす氷菓子
泪粒から水仙が咲き百合が咲き
死者の家夢の数ほど灯を点す

第三句集「瑠璃暮色」より

Z賞受賞作品「あだし野残照」
わが祈りなまぐさければ 雪卍(マンジ)
初恋の人青々と咲いている
ホウホウ蛍ホウホウ今こそ光らねば
たれかれは火を焚く遊び 天の川
晦渋(カイジュウ)や紙の蓮華のひらひらす
桜に響く石屋が墓石(イシ)を刻む音
次の世は蝶で蜻蛉で舞わんかな

第四句集「さざんか曼陀羅」より
泣き羅漢泣かせて鵺(ヌエ)の花嫁に
恋未練(レンミレン)ずぶと踏み込む湿地帯
よよとも泣けず遠い心にしてしまう
齢(トシ)ですよ バタンバタンと戸が閉まる


 

■谷沢けい子句集「からすうりの花」より


「編み針」

愛ですか戯れですかケトルなく
一合を二膳に分けて人を恋う
セロリポキッ男の弱さ見たような
表面張力越えて女の貌になる
ポピー咲く何か悪さをしたくなる
山頭火旅の終わりは子に抱かれ

 沸騰したケトルに緊迫感があり、思いの強さが伝わる。一合を分け合う、そんな人の恋し方に温かさを感じる。男は実は案外弱いもので、それ故、強くなければという強迫観念が生まれる。表面張力という微妙な力加減の比喩が面白く、脱皮した女のしたたかな魅力が覗く。ポピーを眺めているとはしゃぎたくなる気持ちが分かる気がする。「悪さ」にちゃめっ気が感じられ、作者自身そうなのかも知れないと想像してしまう。趣くままの旅の終わりに子に抱かれることは、ある意味でとても幸せなのでしょう‥‥。親子関係が希薄な現代では尚更だと思う。

「人魚姫」

花占いひとひら届け男坂
十五夜の軽薄そうに昼の月
煮凝りが解け生臭き寒椿
赤い糸大波小波倦怠期
空豆の殻を破ればマザーコンプレックス
マッチ売りの少女にあげる百万本のマッチ
熱全部奪う抱擁かもしれず

 ひとひらの思いが伝われば、という恋心が切なくもある。軽薄な昼の月が何故か人間らしくて良い。生臭き思いを秘めるのも人間故か。倦怠期はまさに大波小波で訪れるが、それを乗り越える丈夫な赤い糸。空豆のように母の殻に守られていた自分。少女は一生、炎の中に夢を見続けるのだろうか。幸せであり、不幸でもある。全部の熱を奪われてもいいと思える抱擁なら本望なのだろう。

「遺伝子」

凛凛と一輪挿しの不妊症
チルチルミチルの後をごみ収集車
男のほこり女のほこり観覧車
影踏みごっこ蚯蚓に集う夏の蟻

 凛凛しくあらねばならぬ、それでも女の性は存在し続けるのだろう。本当の夢や幸せを見失いがちな現代。ごみ収集車が象徴的である。男のほこりも女のほこりも観覧車から眺めるとちっぽけなものである。生も死も蚯蚓と蟻にオーバーラップされる。人間社会の生死の方が、淡々としていて無機的に思える時がある。

「鱗」

古疵を逆さ睫に合歓の花
僧衣に鱗一枚残し道成寺
解かしてはならぬ氷柱を懐に
鴬の上手に泣けて淫らなり
爪の硬さや雪の白さは疑わず
泣くことを忘れて久し月の暈

 古疵の痛みと繊細な合歓の紅色の花が妙に合っていて切ない。一枚の鱗が妙に艶かしく、清姫へと連想されていく。解かしてはならぬ氷柱を懐に、とは相反する複雑な思いがあるのだろう。男には理解不能な女心か。鴬が「淫らなり」という指摘にドキッとしました。鴬の声を聞くたびに、この「淫らなり」のフレーズが思い浮かぶ気がする。「硬い爪」に、逞しさや「疑わず」に実直さを感じ、この人間性を羨ましく思った。泣くことさえ忘れてしまうほどの心理状況は、ある意味で幸せなのかも知れない、月の暈を眺めているとふとそんなこと思う。

「仮想恋愛」

愛したはひとりキャベツに入る亀裂
雪女郎紅さすたびに椿落つ
指は母似 斑に剥げる烏賊の皮
人肌を真似て夫恋う指狐
また少し怨の字歪め初鏡

 キャベツの亀裂に痛みが走る、ひとりの愛した人を思うように。切なさを秘めた紅の痛みが、鮮明に表現されている。母似の指と、その指で剥ぐ烏賊の皮の斑に逃れられない血縁を感じる。人肌の指狐がなんともあたたかい。歪んでゆく「怨」の字が滑稽に見えてくる。齢を重ねることは、そういうことなのかも知れない。

「残響」

わが解体力尽きても召されても
白旗にアイロン掛ける午前四時
薄ら氷を避けて少女に戻る朝

 自分を解体することが生きることなのだろうか、それでも解体し続けるしかないのだろう。アイロンを掛け、皺一つ無い白旗を掲げたら何と小気味良いことだろう、その潔さに感服。慎重に慎重に薄い氷を避ける、ひと時の少女。思いは永遠に少女のままである。


 

■浪越靖政句集「発泡酒」より 2


「発泡酒」の章

砂時計落ち切る一瞬のエロス
真冬日の街に転がる空ボトル
地吹雪のはて てにをはを見失う

 残留感の無い、放出の一瞬の快感。普通の時計は時を刻み、重ねてゆくが、砂時計は時を引いてゆく、カウントダウンの法則。その中にある種の破滅と刹那のエロスを発見した作者の感性が羨ましい。
  真冬日の空のボトル。その底冷えする空虚感と作者の内面とがリンクされているのだろう。
  地吹雪を経験した者なら、「てにをはを見失う」のニュアンスが伝わると思う。地吹雪の前で無力な人間は、有無を言わせぬ猛威に戦意喪失するばかりである。

リモコンを切る人間になる時間
エルニーニョやさしくなった女たち
男も傷みやすくクール宅配便

人間になる時間は、寝ている時以外は案外少ない気がする。ホッとするその瞬間、自然と肩の力が抜けて何かから開放される気がする。もしかしたら、自分もリモコンで操作されているのではないか‥‥と。
  やさしくなった女たち‥‥でも、何か理由があるのでは、きっと何かあったに違いない、という疑心暗鬼にも似た心理になる。エルニーニョだとよ、と言われてようやく落ち着く。このユーモアに感服である。
  男は本当に鰯くらい傷みやすい。男はそれに気づいていながら強がるしかないのである。この句もまたペーソスがある。

カラーピーマンに誘惑されそうだ
生き方を問われつづける発泡酒

 あのカラフルなピーマンはなんだ。俺は緑のピーマンしか知らないぞ。黄色や赤のピーマンがあるなんて知らなかった‥‥。作り物のような、この色鮮やかなピーマンはなんなんだ。でも、気になってしょうがない。
  発泡酒を口に運びながらの自問自答、または同僚との語らい。人生を考えると発泡酒が身にしみてくる。

「中年裸体」の章

寒気団居座る中年の裸体
生かさず殺さずチルド室の闇
蛙と目が合う脱衣所の鏡
冷凍ものだが僕の青春だ
ねじ山が切れて男に戻れない

 中年の裸体には様々な思いが入り混じる。肉体の衰えという現実や更にその先の老い。現実に気づかされ、それを見つめるには、底冷えのする寒気が追い討ちをかけるように身体には堪える。
  「生かさず殺さず」が、チルド室の闇に妙にマッチしている。社会的なチルド室の闇、家族的なチルド室の闇など、そこここに「チルド室の闇」が存在する。
  先の中年の裸体、に通じる。鏡に映った蛙は、声にならない声を発する。
  ある一定の年代になると、青春は冷凍ものになってしまうのかも知れない。しかし、その鮮度はすこぶる良好なのである。青春を冷凍した経験がある人なら分かる筈だ。
  年々ねじの山が削れて減ってゆく。必死で生きてきた証なのだろう。凹凸があった若い頃が懐かしい。男に「戻れない」という言葉が身に沁みてくる。

亡父の背が見えた ゆっくりと歩く
テーピング剥ぐ どどどっと中年
止まらないドミノ 目 歯 肩 腰
罰ゲームまた人間をやらされる
男の一生 フロッピー一枚

 父が亡くなった年齢と自分の実年齢が近づいてくると、自分が若い時には分からなかった父の気持ちが、ひしひしと伝わってくる。ショックでもあり、うれしくもある。
  テーピングで押さえていた体型(内面も含め)がテーピングを剥いだ瞬間に崩れるという、滑稽であるが、中年という現実の直視が切なくもある。「どどどっと」に思わず微笑んでしまった。
  ある一定の年代になると、とたんに体中の部品?にガタが来るという。まさにドミノ倒しのごとくである。
  人間になることが罰ゲームとは言い得て妙である。永遠に人間をやることになったら‥‥ある意味で怖いかも知れない。人間合格まで続くのだろうか。
  フロッピー一枚は一メガバイトあまり。現代の大量情報時代のデータ量としては微々たる収納単位である。男の一生が、それと同等とは哀しくもあるが、自分で納得のいく人生なら、それもまた良し。

「転生の森」の章

埋葬許可証と未体験の旅
粛々と仏になっていく儀式
転生の森の点呼が終らない

 未体験の旅‥‥この世では誰も体験したことがない。それ故、大きな不安がつきまとう。
それでも埋葬許可証をパスポートとして、いざ出発。けっこう楽しい旅かもしれない。
  バルド.トドルと呼ばれる「チベット死者の書」という経典がある。死は終わりではなく一つのプロセスにすぎず、死後49日間のバルドの期間を経て再生するという。この49日間毎日、死後の道案内をする為にこの経典を読み聞かせる。バルト.トドルは死者が再び生まれ変わってしまう輪廻への道を避けて、解脱して涅槃の境地に達する道へ向かわせるのだ。粛々と仏に、の句と、転生の森の、の句に触れて、真っ先にバルド.トドルを連想したのである。
句集「発泡酒」の中には、深いペーソスと上質のユーモア、自己凝視が満遍なく詰まっていて、口を開けた瞬間、シュワッと溢れてくる。


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