川柳名句集

・1997年7月18日より、私の独断と勝手な解釈で川柳を取り上げ、感じたことを書いてみようと無謀にも思いました。多分、句の作者は大迷惑だと思いますので、あらかじめお詫び致します。(敬称略)


2002〜2003年掲載分

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■いわて紫波川柳社「柳貌集」特選・柴崎昭雄選

9月・生きるとやなお深くなる水たまり  真田義子

生き続けることで水たまりの中に沈めてきたものがある。水たまりは人それぞれで深さは違うが、秘められた生き様が確かにある。

8月・再会は口笛軽く海満つる  北 ちづる

口笛で気持ちを落ち着かせようとしても、次々と満ちてくるものを抑えることができない。再会への思いが素直に出ている。

7月・大笑いすると涙がこみあげる  高橋はじめ

最近涙が出るほど笑ったことがあっただろうか。気持ち良い、爽快な笑いは何よりも幸せのバロメーターであり、長寿の薬である。/p>


■東奥柳壇7月・柴崎昭雄選

天位
母の掌のかたちで雲が浮いている  川守田秋男
地位
生かされて生きている僕そして父  前田厚兵
人位
言えないできた事たわわミニトマト  斎藤早苗

【評】天の句、ふわふわとした雲のイメージと母の掌の感触が見事に重なっていて温かく、郷愁と包まれるような安心感がある。

地の句、誰もが一人では生きて行けず、生かされている存在だと気付いた時から、人生観が変わっていくと思う。気付くことの大切さも然り。

人の句、好きな人への伝えたい思いだろうか。「たわわ」に募る思いの強さを感じる。「ミニトマト」の可憐さも微笑ましくさえある。


■東奥柳壇6月・柴崎昭雄選

天位
一人にはひとりの味で豆腐浮く  鳴海はま
地位
生きる詩父の日記に誤字脱字  斎藤 浩
人位
ジーパンの膝のかたちの幸せよ  斎藤茂生

【評】天の句、ひとりには孤独、自由、気軽さなど様々なイメージがあるが、この句に触れることで読者それぞれの中に「ひとりの味」が生まれてくると思う。

地の句、誤字脱字がある父の方が愛すべき存在で、逆に不器用でも必死に生き、子供を育てたのだという頼もしさも感じる。

人の句、穿き慣れたジーパンほど膝の辺りがポコンと突き出て動きやすく、身体にフィットする。そんな心地よい幸せのかたちが感覚的に伝わってくる。


■東奥柳壇5月・柴崎昭雄選

天位
森羅万象すべては猫のひげ次第  土田雅子
地位
折り鶴を解くと広い空になる  斎藤茂生
人位
筋道を曲げない父の唐辛子  久保田一竿

【評】天の句、自由気ままに暮らす猫に憧れることがある。ある種楽天的に物事を考えられたらどんなに気が楽だろう。もし、高性能レーダーである猫のヒゲがあったらどう使おうか。

地の句、折り鶴の一つ一つに祈りがあり、それは多分、空のように広く深い。折り鶴の中にはもう一つの空がある。

人位、父が病気などで気力が無くなり、弱ったりすると拍子抜けし淋しくなる。ぴりっと頑固な唐辛子親父が不思議と懐かしくなる。


■東奥柳壇4月・柴崎昭雄選

天位
ポケットに溢れかえった落椿  高橋星湖
地位
桜満開ただ今戦争中の星  斎藤早苗
人位
ためらいもなく捨てている僕の嘘  新谷想伸

【評】天の句、ポケットに溢れた落椿は挫折感だろうか、喪失感だろうか。誰もが成長する過程で、ポトリと落としたものがある筈。

地の句、桜が咲き誇っている日本と同じ地球上で戦争が同時進行している哀しさ、人の愚かさ。

人の句、「嘘」を捨てることによって心理的なバランスを保っている気がする。嘘をつく生物は人間だけなのだから。「空っぽ」の句、宮本武蔵で有名な文豪吉川英治の「貧しさも余りの果ては笑ひ合ひ」の名句を彷彿。


■東奥柳壇3月・柴崎昭雄選

天位
春の陽をこっそり入れる握り飯  川守田秋男
地位
あひる三羽笑い転げる夜がある  坂本トシ
人位
愛だけを包んだ母の小風呂敷  大澤映城

【評】天の句、「こっそり」に気遣いがあり、ほのぼのとした優しさと春の陽の安らぎを感じる句である。   地の句、久しぶりに会った母娘だろうか、それとも姉妹か仲良し三人組だろうか。「あひる三羽」に作者のユーモアを感じる。楽しく賑やかな様子が伝わってくる。  人の句、「小風呂敷」という控えめな表現が、却って母の偉大な存在を感じさせる。子供をいつも見守ってくれる優しくあたたかい眼差しがある。


■東奥柳壇2月・柴崎昭雄選

天位
肩車傾く方にある あした  川守田秋男
地位
また増えるボタンだらけの僕の服  内山孤遊
人位
追伸に小言でっかく父の文  小西暎子

【評】天の句、親子の絆、そして歩んでゆく過程で遭遇するであろう様々な出来事に対する前向きな姿が、とても清清しく感じられた。

地の句、服のボタンを増やさなければ物事に対応出来ず、自分はどんどん不器用になってゆくばかり。そんなジレンマなのだろうか。自分の弱さを沢山のボタンで閉ざしてしまう心の葛藤。

人の句、「小言でっかく」の中に、いつもの小言と思いながらも、父の存在の大きさや優しさを実感している作者がいる。


■浪越靖政句集「発泡酒」より

「リセットボタン」の章

削除キー確かに断末魔を聞いた

人間ですか産業廃棄物ですか

削除キーのごとく人間もリストラされ、そこには確かに断末魔が聞こえる。しかし、会社の上層部や政治家には聞こえないらしい。というより、聞こえないふり、聞こうとしていないのかも知れない。人間を産業廃棄物として扱っている証であると思う。

複写機を次々と出るテロリスト

追いかける雪崩を聞いている背中

アナログの影とぼとぼとついてくる

止まり木の右も左も逃亡者

自販機のなかで男の期限切れ

まさにテロリストは複写され続けている。報復が繰り返され、無限に続く悲劇がそこにある。

雪崩のもつ危うさ、ある種の郷愁が背中を伝わってくる。

最近、私自身もアナグロ人間ではないかと思うことがよくある。「とぼとぼ」に哀愁があって好きだ。

止まり木では誰もがひと時の逃亡者になれる。右も左も共犯者である。何とも頼もしくて、愉快でさえもある。ひと時の逃亡は、明日への活力にもなるのだろう。

「自販機の中で期限切れになる男」という表現も作者のユーモアの一面を覗かせ、絶妙である。しかし、内容はペーソス溢れる、孤独な男の姿が見える。

ネクタイの重さ発泡スチロール

気づかないまま巨大水槽の一生

確かめるポケットのなかのテロリスト

リセットボタンON人肌のたまご

サラリーマンの象徴「ネクタイ」の重さが発泡スチロールと同じとは、働いている者にとっての立場が哀しくもある。それにもめげず頑張っているお父さんたちの背中が、気のせいか小さく感じられる。

巨大水槽の一生とは、人生が限られた水槽の中だけという、なんともやり切れない思いもあるが、そのリアリティに立ち止まってしまう。「気づかないまま」にある種の戦慄がある。

ポケットの中のテロリストは、自分の中に存在するちっぽけな反抗心であろうか。その矛先は決まっているのであろう。その手触りをときどき確かめるだけでいいのだ。

たやすくリセットボタンをONにできる怖さ。人肌のたまごから、新たな始まりが生まれる。


■東奥日報紙・6月19日夕刊文芸欄より

この度、佐藤俊一さんの句集「細胞」が上梓された。三十四歳の佐藤さんは川柳界の若手の中でも期待されている一人で、私にとっても同じ世代として頼もしい存在である。

句集「細胞」は、未明、午前、午後、夕暮れ、の四章からなっている。一日の四つの区切りであると同時に、生活面、あるいは内面的な区切りでもあるのだろう。

めちゃくちゃなコンパス二つ持っている

おーい夫婦のヒューズが飛んでしまったよ

ブランコは空に向かって落ちてゆく

宇宙全てが僕である孤独

覗き見るコップいっぱいの青空

たましいとにぎりこぶしをみくらべる

正確な円よりも少しめちゃくちゃな方が好感を持ってしまう。ヒューズが飛んでしまうほどのエネルギー。ブランコが空へ落下するという、ユーモラスな発想のセンスを持ちながら、無限の孤独と、小さくてもかけがえのない幸せ、生きていることの葛藤と対峙している。

濡れているおまえ里芋煮っころがし

どこまでもおまえの皮のたまねぎ

「午前」の章には「おまえ」に対する感触的な句が多く載っている。手で触れ、肌で直に温もりを感じ、その感覚に愛情を込めて表出している。「おまえ」への愛おしさがひしひしと伝わってくる。

おめん被ってうるとらまんたおされる

フォークボール にんげんであることの難しさ

ウルトラマンのお面を被らざるを得ない時。それは実際にお面を被るのではなく、そういう状況にあることのペーソス。直球勝負したいが、フォークボールを使わなければならない現実の難しさ。作品の切り口の鋭さと繊細さが垣間見えてくる。

動けなくなったたましいホッチキスの針

ふきのとう ひとのいのちとスリカワル

無機質なホッチキスの針とたましいの対比が、動けないたましいを無機質にさせ、ホッチキスの針に生命感を与えている。春のふきのとうは生命の誕生をイメージさせ、次の句へと続く気がする。

子のはだか見ている ラッパ吹き鳴らす

泣き止まぬ星座すこしゆらしてあげる

やがてラララ歌いだすお父さんもつられて

過日、父親になった佐藤さんの喜びと愛情たっぷりの表情が見えるようで微笑ましい限りである。生活面での変化が、これからの創作へと反映されるとこであろう。これからの佐藤さんの更なるご活躍を楽しみにしている。


■「双眸」0号より

西条真紀さんの第二句集「蛍」を最初に手にした時、その内容の深さ、壮絶さに圧倒され、鳩尾がキュッとする感覚を覚えた。反応する言葉が見つからず、感想が書けない程の衝撃を受けた。しかし、何度かページを捲る度に、家族への優しさや愛情、それ故の深い悲しみが心に積もってゆくのを感じた。川柳という表現形式で、これ程強烈に思いを伝えることのできる作家は数える程しかいないと思っている。故長町一吠さんの句集「沖」にも同じ衝撃を受けたのを忘れることができない。一生読み続けたい句集である。

暁の蝶夢の幾夜を越えてきし

今生の息を合わせて寒牡丹

涙する夫を見ているむらさきらんぷ

虚無の木の右も左も紙の鶴

叶うればひとつの願い木の葉舟

息を合わせ、夢の幾夜を越えて来た蝶。それはご夫妻の姿であり、むらさきらんぷは、お二人だけが点し続けてきた掛け替えのない明かり。紙の鶴も木の葉の舟も、あらん限りの願いを込めて発せられたかたち。読む者の胸にも刻まれる。

泪したおもてを上げる母 童(わらべ)

子は母の背丈越えゆく 愛一輪

子は母の動かぬ眼に桃咲かせ

うぶごえは百夜かかりて蝶の群れ

親にとって子供が自分の背丈を越えてゆくことは一つの喜びでもある。健康に成長してくれたという思いは、母親の方が強いのかも知れない。「愛一輪」に子への愛情(感謝)とぬくもりが感じられる。〈鶏頭の花なお赫くきみ嫁ぐ〉この句もまた。その娘も母となり、子は蝶の群れとなる産声を発し、桃を咲かせる。おもてを上げる母と童の表情が、なんとも言えない輝きを放つ。

父は娘の一語一語に花咲かせ

言わずとも聞かずともよし胸明かり

父と娘は語り合い、それを楽しそうに見つめる母(妻)の姿が見えてくる。例え語らぬ時でも家族の絆は満ち溢れ、灯りを点す。電話で聞いたことのある、一吠さんの優しい声が聴こえてきそうで、何度も句を読み返してみた。

黒揚羽夫の彼方のかなたの哀

ぶつかりて離るる独楽や夜の告知

病み勝てよ冬燈低く汝を照らす

眠れぬ夫に眠らぬ妻にねぶたの金魚

あす在るな秋の木の実を頬にあて

夫の掌にひとひひとひを紙の鶴

合掌の漢(おとこ)の際や夫の際

黒揚羽が舞うその先、それと夫とを重ね合わせる哀しみ、告知という独楽がぶつかり合うごとくの激しい葛藤。病に勝って欲しいという願いは冬燈のような淡い優しさと切なさを伴い、言葉なく見つめる金魚ねぶたは容赦なく時を刻んでゆく。ひんやりと冷たさを帯びた木の実は、あたたかな頬から様々な記憶を読み取ったのではないか。一つ一つの紙の鶴は思いを形づくる。いつまでもいつまでも漢の姿を残しつつ。

納骨や白い馬きて啼き狂う

この句に触れた時、すぐに次の一句が頭に浮かんだ。

生から逃げるな蒼い馬を描けよ 長町一吠

一吠さんの作品は言葉という役割を超越してストレートに心に届く、いや届くと言うよりも突き刺さり、読んだ者の魂を揺さぶる。私は何度となくその魂に揺さぶられ勇気づけられた。白い馬は、一吠さんが描き続けた蒼い馬と一対を成すものではないだろうかと思わずにはいられない。

墓石(いし)に刻む睡らぬことば西日尽く

あかつきの墓に埋めし睡らぬことば

白線のここからひとり夕燕

天界へかるがる背負う一語たり

刻まれたことばは、幾千のあかつきと西日を経ても永遠に睡らないことだろう。生きている者の胸の中にも刻まれている。見えない白線(それでも厳然とある)を隔てた一語一語は、体温と共に心に残り続ける。

蛍(ほうたる)にこころ遊ばせ寝釈迦かな

誰でもあの美しい緑の光に憧れの気持ちを持つと思う。あの規則的な光の点滅は、生き物の鼓動(それを見ている人間の)にも感じられる。蛍にこころを遊ばせ、自身を寝釈迦に例えた様は音の全くない真空状態を思わせ、穏やかな気持ちを感じさせると同時に、生命との対峙を思わせる。

いつから嗚咽いつから蛍夏は来ぬ

蛍(ほうたる)と飛び交う闇の闇あそび

永訣や青き蛍火抜けくれば

終夢かや蛍百匹身に咲かせ

慟哭の指にからまるとべない火(ほ)垂(たる)

青蛍わが息継ぎてねむたげな

句集のタイトルになった「蛍」。これ程激しく、悲しく、優しい蛍は決してねむることのないことば。真紀さんはあとがきに、「自己の生命を見つめた時期に出遇った現代川柳――」と書かれている。私もその言葉を胸に抱いていきたい。


■ため息はもう飽きましたサクラ草  百合

吹っ切れた思いと、こぶリな花のサクラ草の姿が、前向きな気持ちにさせてくれるので嬉しくなります。

■廻り舞台ピエロは憂い顔も乗せ  輪加造

政治の世界でも、あっちこっちから憂い顔のピエロさんが沢山出てきた。見ている方も戸惑うばかりである。大病は治るのだろうか。あるいは、もしピエロが自分だとしたら、必死の訴えなのかもしれない。

■父さんの背中見送りお辞儀する   千歳

しみじみと沁みてきます。そういう心境になることは、幾度あるだろうか‥‥。また、現代ではどれほどの人達がいるだろう‥‥。親不孝ばかりの私です。

■お互いに耐えましたねと蕗の薹   一滴

こうやって言えることも良いなあ、と思いました。自分を励ますことも大切ですね。

■焼酎ロック君もこらえている笑顔  ヤス子

噴出す前の一瞬、という感じで、読んでいる私も似たような顔つきになりそうです(笑)。楽しい気分になります。

■人間に会うと汚れた雪になる     弘

それに気付くことが大事なのかもしれない。人間や自分を見詰めることで。

■明日への跳び箱一つずつ積もう   城山

一つの箱が一ミリでも良いと思う。明日が楽しみになってくる。

■いさぎよい指をポケットに隠す  恵美子

今までいろいろなポケットの句がありましたが、いさぎよい指、とは何だろう‥‥。ある意味で大きな決意かもしれない。それなら怖いものなしですね、恵美子さん。

■完璧な自画像だから飽きてくる   英雄

完璧であるが故に面白くなくなることって多い。自画像なら尚更である。顔は少し歪な方が良い。

■忘れ上手に老いてるボクのクレヨン画  正一

忘れ上手、これが生きる上で一番楽しくなる方法ですね。いつか教えていただきたいです。

■巣穴へと帰る野獣になりそこね    鰹

ペーソスのある丸い背中が見えそうです。また明日、明後日と、巣穴で再起を誓う強さも、逆に感じます。

■傘の下だからとってもかわいがる みどり

ある意味ではとっても怖い句なのかな‥‥。傘を外れた後。どんどん想像が想像を呼ぶ楽しさがあって良いですね。

(川柳紫波4月号「アト・ランダム」より)


■途切れた言葉残りの言葉冬の薔薇  ・姫乃 彩愛

人は一体、この世にどんな言葉を残せるだろうか。または、伝わることなく 途切れたままの言葉‥‥途切れたままの言葉の破片の方が、圧倒的に多いのかもしれない。 「残りの言葉」は、誰かの心に残っている言葉、あるいは伝わらぬまま、発することなく 閉ざされた言葉なのかもしれない。それでも、きっと、一つでも誰かに伝わり、その人の 心に留まっていると思いたい。冬の薔薇が凛としているように。


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