夢見る酔漢

 君は学生に見えるが。……そうか、やはり○○大の。うん、ならばちょうどよい。話を聞いてくれないか。すぐに終わる。何?本当に「すぐ」なのかってか。いや君、するどいね。実は長い話なんだ。でも付き合ってくれるよね。悪いね。

 実は、さ。君のことが好きだー、なんちって。おいおい、冗談だよ。そんなにシラけたツラを、するな!ここからが大事だ。いいな、よく聞け。――我が輩は、○○大学××学部ナニガシ学科エックス年の名梨野権兵衛である。はっはっは。どうだ、わからんだろう。それでよいのだ。まだ僕は、君のことを完全に信用してはいない。でも、いいから聞いてくれ。え?まだ一言も話していない?じゃあ、話そうじゃないか。

 僕がこの前、卒業研究の資料集めの為に砂浜を散策していた時のことだ。その卒業研究というのは、砂浜にはどんなゴミが打ち上げられているかという国家の存亡に関わるような一大プロジェクトなのだ。あ、話してしまった!君はまだ僕の信用を得ていないのだ。まあよい。この際だから続きを話そう。ゴミを集めながらふと気が付いたのだが、その中に露西亜のものと思われるビンが混じっていた。おおかた、焼酎か何かだろうが、あいにく露西亜語は読めなくってね。何のビンかはわからない。で、その中身が問題なのだ。君は、そのビンの中に何が入っていたと思うか。液体?いや、液体は一滴も入っていなかった。きちんと密封されていたのだ。虫?そんなものではない。君はロマンチシズムの欠片もない男だね。男はロマン!これに限る。君も今日からロマンになりなさい。わかったね。……手紙なのだ、その中に入っていたのは。驚いたか。はっはっは、驚け!(聞き手、「へー、そりゃすごいね。一大事ってやつ?」と呆れ顔)どういう手紙か知りたいだろう。ところがだ。教えたくても教えられないのだ。もしかしたら国家機密に関わるマル秘が書かれてあるやも知れぬ。数字の羅列があったが、あれなんかは暗号に違いない。そうでなくとも、もしかすれば、露西亜の美しい少女が、遠い異国の見知らぬ誰かに宛てた恋文やも知れぬではないか!それが僕だとしたら!どうだい!ああ、今すぐに返事を書きたい!……ふむ、君はなかなか頭が冴えているようだ。おっしゃるとおりでございます。当方、露西亜語が読めないのであります。え?君は読めるのか。なんだ、初めからそう言いなさい。今の世の中はねえ、何でも発言しないと損だよ。実は誰か翻訳できないかと思って、……ほら、これがそれだ。常時、持ち歩いていたのだ。解らなんだら、それで仕方ないから。罰金は取らないから、安心しなさい。で、なんと書いてあるのだ。あ、待て待て。ひそひそ声で言うのだ。スパイが潜んでおるやも知れぬ。――待てよ。君が、否、お前がスパイでないという保証はないな。いや疑ってるわけじゃないんだ。信じてくれ。僕も、君のことを信じよう。

 それで?(聞き手、僕の耳元でささやく)君、冗談は止したまえ。それは笑えんよ。なんでこれがピンクチラシなものか。じゃあ何か、この数字は暗号ではなく、ただの電話番号か。はっは、君、ふざけるのも好い加減にしたほうが、いいぜ。僕は君を許さない。殺意をさえ抱いた。それでもよいか。なに?間違っていたと申すか。なるほど、それも一理ある。間違いなんて誰にでもあるさ。僕だって間違える。だから許す。で、本当は何と書いていたのだ。正直に言いたまえ。(聞き手、再びささやく)おいおい、そりゃないぜ。僕は君にチャンスを与えたつもりだったが、それこそトゥー・バッドというやつだ。ゴー・トゥー・ヘルというやつだ。君はあの手紙に露西亜大統領の暗殺計画が書かれているというが、そんなわけがないじゃないか。そんな機密情報がどうしてビンに入って日本海をプカプカ漂っているというのだ。君の冗談はちっとも笑えない。君の冗談レベルはおそらく幼稚園児以下、否、そこいらの畜生にも劣るやも知れん。君は今日から畜生になりなさい。え?実は露西亜語は知らないんだって?なあんだ。それならそうと、初めから言いなさい。強がってたってどうしようもないじゃないか。今の世の中はねえ、何でも発言しないと損だよ。