地図帳を眺めて

 世界地図を手にとって眺めてみた。何の変哲もない、ごく普通の地図である。そこには、衛星写真の通りの地形が描かれていた。ウェゲナーはこれを見て、世界はもともと一つの巨大な大陸だったという発想をしたらしいが、現代人たる私が見たところで、大した驚きも発見もない。

 あまりにつまらなかったせいか、悪戯心が芽生えた私は、地図帳を逆さまにして、南極が上に、北極が下になるようにしてみた。これは新鮮な風景だと思った。しばらく眺めていると、南極があたかも水に浮かぶ巨大な氷のように見えてきた。そこから、冷たい水が下のほう、つまり北に向かって溶け出しているようでもある。逆に北極は、大陸に押しつぶされるような形である。なんだかよどんで濁った海のように思えてきた。

 陸地を見てみると、ニュージーランドがアイスランドのように思えてきた。するとオーストラリアはグレートブリテンといったところか。ところで、人間は北に向かいたがる習性があるらしいが、もし世界がこの地図のように逆さまだったとしたら、人はどこに集まっただろう。アフリカの喜望峰の辺りか、それとも南米、パタゴニアの当たりか。いや、まて。そもそも「北」とは何だ。この、人の習性を発見した人物が誰かは知らないが、果たして南半球の人たちについても考慮したのだろうか。もし「北」に向かうのでなく、「寒い地方」に向かうということなのであれば、なんだ、今と変わらないじゃないか。南半球に住むことになる我々は、より南へ向かうことになるはずだ。

 この地図帳には、「大陸の起源と移動」と題して、過去の地球に於いて陸がどのような形をしていたかが示されている。これは、地理を習ったことのある人の多くが見てきたと思う。一方で、未来の地球についてはあまり知られていないのが事実である。未来にどうなるかを教えるのは学校教育の範囲外なのだろうか。私は書籍にそんな図が掲載されているのを見たことがない。しかし、これは数年前の話であるが、私はインターネットで未来の地球の予測図が見られるサイトを偶然、発見した。残念ながら今となっては記憶もあいまいになっており、その図にどんな地球が描かれていたかは覚えていない。地中海が今より広くなっていた気がするが、定かではない。肝心の日本がどうなるのかも忘れてしまった。このサイトの情報については、わかり次第、追記したい。

 また、この地図帳には参考として、大昔の地図も掲載されている。「行基図」という慶長年間( 1596 - 1615 )の地図を見てみると、かなり地形が崩れている。おそらく、歩くのにかかった時間でもって、おおよそこのくらいの距離だろうと推測して書いた地図に違いない。よく見ると、「飛島」と思われる島が「止島」と表記されている。行基図の隣にある、二百年後に書かれた伊能忠敬の地図はかなり精巧であるが、何か九州が縦に伸びている気がする。どうしたことだろう。彼は全国を回りきることができなかったと聞いた記憶があるが、そのせいだろうか。

 ここで再び、世界地図を逆さまにしてみた。アジアとヨーロッパの境界辺りを見て、あっ、と思った。カスピ海とアラル海、これこそまさにグレートブリテンとアイルランドの関係である。そしてさらに、黒海はオーストラリアそっくりである。またニュージーランドは、まるでイタリアである。こうやって見ると、似通った地形は意外に多いようだ。だからといって、ここで知ったかぶりの数学を持ち出し、合同だとか相似だとかを論ずる気はなく、この辺で逆転世界の旅を終わりにしたいと思う。

 私はときどき、暇つぶしに地図帳を眺める。

 追記:前述のサイトは〔 PALEOMAP Project 〕だと思われる。それによると、地中海は広がるどころか閉じてしまうようである。なんとも頼りにならない「記憶」だ。