カレンダーを見て考える

 ある眼鏡店のカレンダーの上部には、まっすぐな道路の写真が印刷されている。今月と来月の写真は、北海道の上富良野町の、何百メートルあるかわからないとても長い道路の、冬の風景である。除雪がきちんとなされているらしく、道路と路肩の境界がはっきりしていて、これまたとても長い雪の壁ができている。私が想像したのは、この綺麗な雪のレーンの右端を歩いている、一人の男の後姿であった。私は、自分がどういった「コンテクスト(最近の国会議員が、得意がって口にする言葉である)」、つまり前後関係で、この道を歩くことになるだろうかと考えてみた。
 いったい私が、どうして、あんなところを歩くのだろう。旅行?いや、花も咲かない季節に、こんなところに行きたいと思うか?では何かしら、行かねばならない事案が発生したのだろうか。少なくともそこに知人はいない。では知人ができたことにしよう。インターネットで知り合いになった人。これは男性か女性か。そして年齢は?まぁそれは後で考えよう。メールかチャットで「そちらに訪問する」という話になり、私は飛行機ではなくて電車で、最寄の駅まで行き、そこからバスに乗り換え、先方の家の近くのバス停で降りる。はずだったのだが、降りるところを一つ間違えて、私はこの道を歩いて行くことになった。さて私は、そのバス停から逆戻りしたのか、それともバス停の先に進んだのか。これは重大な問題である気がする。
 ところで先方の性別年齢についてはどうなったのか。インターネットで知り合った以上、実際に見るまでは本当の所はわからない。いや、実際に会っても真実は不明だ。相手は偽名を使っているかもしれない。偽名を使うのは男性か、それとも女性か。と疑ったところで、私はその人の家の表札を見て、偽名じゃなかったんだなと思った。そればかりか、その家の玄関の前では、私の想像したとおりの女性が、寒さに身を縮めながら、突っ立っていたではないか。なんてね。そんなわけがないじゃないか。だいたいお前は、こんな真冬の時期に、女性を外で待たせるつもりなのか。年齢は?実は会ってみたら老婆。しかも悪女。いや、それでは私は、きっと二度とインターネットでも会うことはしなくなるだろう。同じ年齢だと仮定する。しかも好さそうな人だとする。会う。その辺を散歩する。時間が来たという。正しいバス停でバスに乗り、さようなら。それ以来、その人とは二度と、インターネットで出会わなくなった。ってね。ポケットに手を突っ込み、途中で一度こけて強打した背中の痛みをこらえつつ、鼻水を気にしつつ、約束を守るためだけに歩いて、ひらすら歩いて、そして先方「こんなひとか」。私はただ、逢いに行くという約束を守るためだけに歩くのだろう。その後のことは知らない。先方は、私が目的を果たした後のことを考えている。私はそこまで知らない。逢ったら即座に帰りたい。相手が男だったらどうなるか?勝手に考えて欲しい。いい話が出来上がったら、聞かせて欲しい。
 コンテクスト、コンテクストと得意げに言うのは、英語を覚えたての小学生が「ヘロー、ヘロー」と言うのに似ている。そういう私も、ドイツ語を習ったときに「ダンケ、ダンケ」と言っていた気がした。