大きなかぶ

 昔々、あるところにおじいさんと、おばあさんがおりました。二人には、十七になる孫娘のアンナがおりました。三人の他には、犬のポチと、猫のミケとがおりました。
 ある日のことです。
「今日は、天気もよいことだから、かぶの種でもまいてこようと思う」
「そうですか」
 おじいさんはおばあさんにそう言い残すと、種とくわを持って、畑に出かけました。畑に着くなり、おじいさんは座り込んでしまいました。
「ああ、疲れた。ちょっと一休みしよう。どうも最近疲れやすいなあ。困った、困った」
 おじいさんはしばらく、木の根っこに腰掛けておりましたが、家の窓からこっちを見ているおばあさんに気が付くと、突然立ち上ってくわを持ち、畑を耕しに掛かりました。
「あれ、かぶの種をまくんじゃなかったのかい。座りこんでしまっておるわ。仕方ないのう。おじいさんも、もう年じゃから」
 おばあさんはそう思って、掃除を続けました。
そこへ、井戸から水を汲んできたアンナがやってきました。
「おじいさんは?」
「畑へ行ったよ」
「おじいさんたら、また無理しちゃって。腰はもう大丈夫なの?」
 そのおじいさんは、
「ああ、腰が!」
 やはり、大丈夫でなかったようです。おじいさんは、また一休みすることにしました。
「ううむ、痛い。こうも痛いと仕事にならん。しかし近々雨が降りそうじゃし、今日のうちにやってしまわんといかんのう」
 おじいさんは腰痛をこらえつつ、種をまくことにしました。
「どれ、ひとつ魔法でもかけてみようかの」
 おじいさんは昨日、魔法使いに魔法を教えてもらう夢を見たのでした。その魔法を唱えると、まいたばかりの種はすぐに芽を出し、みるみるうちに成長し、あっという間に食べられる大きさになったのです。そこでおじいさんは、
「けらけらぽーん」
 と、教えられた通りの呪文を、恥ずかしいのでこっそり唱えてみましたが、一向に、かぶは芽を出しません。
「なんじゃ、あの魔法使いめ。嘘を教えおって!」
と、おじいさんは馬鹿らしくなって、一人で憤慨しました。そして残りの種を適当にまいて、さっさと家に帰ってきてしまいました。家では、アンナとおばあさんが、お昼ごはんの仕度をしていました。
「あれ、おじいさん。もうお帰りですか」
「あの魔法は役立たずじゃ」
「え、魔法?」
「昨日、夢の中で、魔法使いがわしに教えたのじゃ!」
 おじいさんはそう言って、椅子に座ってふてくされてしまいました。これを台所で聞いていたアンナは、
「ああ、これだから。魔法なんてあるわけがないじゃない。あるなら、白馬の王子様でも呼んできて欲しいものだわ。だいたい夢の中で見たことを、真に受けるのがおかしいのよ。信心深いにも程があるってものよ」
と思いました。
 ところが次の日です。畑に出かけたおじいさんは、そこに大きな白い物体が埋まっているのに気が付きました。
「これは……なんじゃ?」
 おじいさんは、あまりに大きなかぶに愕然としながらも、
「こいつは、きっとわしの魔法が効いたから、こうなったに違いない。わしもまだ捨てたものじゃないな。さっそく引っこ抜いて……。む、むむ?こいつは抜けそうにない。だが、ばあさんを呼んでくるのもあれだ。ここはわし一人で……」
 と思って、若いふりをして、何度も何度も引っ張ってみましたが、果たして、かぶはびくともしません。
「仕方ない。ばあさんを呼んでこよう」
 おじいさんはようやくあきらめて、急いで家に戻りました。
「そんなに息を切らして、どうしたんですか」
「かぶ、かぶがな」
「昨日まいた、あれですか」
「そうじゃ、昨日まいたあれじゃが、大変なことになっておる。ちょっとこい」
 おじいさんはおばあさんを連れて、畑に行きました。
「あんれまあ」と、おばあさんは腰を抜かしそうになりました。
「見ての通りじゃ。手伝ってくれ」
 おじいさんはかぶの茎を、おばあさんはおじいさんを引っ張りました。二人は顔を真っ赤にして頑張りましたが、やはりかぶはびくともしません。そのうち、おばあさんは頭がくらくらしてきました。血圧が高くなったのです。
「おじいさん、これではどうしようもありません。アンナを呼んできましょう」
 と言って、家で針仕事をしていたアンナを呼んできました。
「あれえ」と、アンナも驚きました。
「アンナ。すまんが手伝ってくれんか」
 早い話が、スコップで周りを掘ってしまえばいいじゃない、とアンナは思ったものの、とりあえず黙って引っこ抜くのを手伝うことにしました。
「だいたいこんな大きいかぶ、どうしようっていうのかしら。どうせ余しちゃうのに、もったいない。ご近所におすそ分けしなきゃ。でもほんとに迷惑よねえ。あんまり大きすぎるわ。こういうのを余計なお世話っていうの、わかってるのかしら」
 アンナは、心の中でそう文句を言いながら、おばあさんを引っ張りました。おばあさんはおじいさんを、おじいさんはかぶを引っ張りました。しかし本当に大きなかぶです!三人がかりでも抜けそうにありません。
「猫の手も借りたいって、このことかしら」
「こうなったらポチにも手伝ってもらおうかの。アンナ、ポチを呼んできなさい」
 いい加減にしてくれないかしら。隣のおじさんでも呼んできたほうが、よっぽどましよ。猫の手も借りたいって、本気にすることないじゃない。
なんだかんだ言って、アンナはポチを呼んでくることにしました。さっきまで眠っていたポチは、嫌々ながら起き上がり、アンナの後をついてきました。ポチは、アンナのスカートのすそをくわえて、引っ張りました。
「あっ、だめ。これ、買ったばかりなのよ」
 とアンナがいうと、
「あとで買ってあげるから」
とおじいさんが言いました。実は買ったばかりでもなかったし、デザインが今思えばいまいちだったので、アンナは密かに喜びました。
 四人、いや、三人と一匹は、
「よいしょ、よいしょ」
 と掛け声かけて、力いっぱい引っ張りましたが、なんて大きなかぶでしょう!これでもなお、微動だにしません。そこでポチは、飼い猫のミケを連れてくるために、家に向かって走り出しました。ネズミと一触即発の戦を繰り広げていたミケですが、懸命に説得するポチになだめすかされて、捕獲した一匹のネズミと一緒に、畑に向かうことにしました。
 このネズミも加わって三人と三匹、
「そーれ!」
 メリメリ!と音を立てて、とうとう大きなかぶが抜けました。その日から三日三晩、おじいさんたちはかぶばかり食べていたそうな。