ホログラフィックディスプレイ研究会(HODIC)第1回鈴木正根賞を1995年5月26に受賞しました。その時の受賞記念講演の内容を紹介します。


風景をホログラムにしたい
-1994年度HODIC鈴木正根賞を受賞して-

今 健次

有限会社アートナウ
青森県むつ市中央2丁目24-2

1.はじめに

 このたび1994年度のHODIC鈴木正根賞を受賞することになりました。ホログラムの作製に携わっている者として、とても光栄です。
 私の夢は「壁に置くと窓から見た風景にしか見えないホログラム」の製造・販売です。実現には多くの困難が予想されますが、今回の作品はその第一歩と考えています。
 ホログラフィとの出会いは、高校時代(1975年)に、木村凱昭さん(コニカ株式会社)に手紙を出したことから始まりました。木村さんの援助でホログラムの撮影をし、文化祭で展示しました。その不思議な立体像は多くの観客に驚きを与えました。
 私はその後中学校教諭になり、ホログラフィから遠ざかってしまいましたが、1991年秋に大阪で久保田敏弘先生(京都工芸繊維大学)の美しいフルカラーホログラムを見てびっくりしました。「ホログラフィはここまで来ていたのか。これは素晴らしい」と新しい時代を予感し、「風景をホログラムにできたらどんなに素敵だろう」とただその一念で教員を退職し、有限会社アートナウを設立して研究を始めました。

2.風景をホログラムにできるまで

 何かの本で建築物など屋外の景色をホログラムにできるというのを読み、簡単にできると思っていたのですが、実際はいろいろ困難が待ち受けていました。しかし、「自分で工夫しながらホログラム撮影をしていくことは遠回りだけれど結果的にはとても自分のためになる」という旨のお手紙を(有)石川光学造形研究所の石川さんからいただき、とても感銘を受け、本を頼りにできるところまで独力で研究することにしました。
 1992年6月にむつ市内の知り合いの画廊で「貝」のリップマンホログラムを販売してもらいましたがまったく売れず、販売をやめてホログラフィックステレオグラムの研究に没頭しました。
1993年5月にはモノカラーのホログラフィックステレオグラム法によるリップマンホログラムの受注を開始しました。写真1の家の撮影を依頼されましたが、「もっと大きいものが欲しい」とか「モノカラーじゃ物足りない」「価格も一般の写真からみれば高すぎる」という厳しい批判が相次ぎ、受注はこの1件だけで断念しました。

 それからフルカラーにするための研究を始め、色分解にカラーフィルターを使ってようやく完成したのが写真2です。これは1994年3月にHODICアニュアル展覧会で発表しました。また地元むつ市の下北産業おこし展で新商品開発賞を受賞しました。しかし、カラーフィルター方式の限界を感じて画像処理用にパソコンを導入し、ようやく「菜の花畑」をはじめとする最近の作品ができるようになりました。

3.フルカラーホログラムの作製方法

 風景や人物をフルカラーホログラムにするために、ホログラフィックステレオグラム法を使っています。現在の作製手順は以下のようになります。

原画を撮影する
被写体に応じてカメラを横に平行移動しながら(場合によっては被写体を回転させて)原画を撮影します。

コンピューターで画像処理
モノカラーの場合はこれを省略することもできます。しかし、原画撮影時にずれが生じていたり、色分解が必要な場合は画像処理をする必要があります。原画1枚1枚について処理するため手間がかかります。

マスターホログラムの作製
通常のホログラフィックステレオグラム法でマスターホログラムを作製します。フルカラーにする場合は、RGBの3種類作製します。回折効率がスリット毎に一定になるように細心の注意が必要です。そのため深夜に撮影しています。また一度に3種類とも成功することは少なく、数日かかります。

リップマンホログラムの作製
マスターホログラムを元にリップマンホログラムを作製します。フルカラーにする場合は、最初にR(赤)を撮影し、次にG(緑)の膨潤処理をして撮影し、最後にB(青)の膨潤処理をして撮影します。3重露光になるため露光量の調整が難しいなど、処理が複雑で失敗も多くなります。

このように、一般的な普通のリップマンホログラムと比べてかなり複雑で、とても手間がかかります。

4.使用機材について

 主な使用機材は以下のようになります。
    レーザー ---- He-Ne15mW
    パソコン ---- 画像処理用にMacintosh
             データ処理用にPC9801
    防震装置 ---- 手製(タイヤチューブと鉄板)
    感光材料 ---- アグファ10E75と8E75HD
             (すべて4×5インチ)
    他にX軸ステージと電磁シャッターを使用しています。

5.最後に

当社ではこれまでに既製品として「菜の花畑(写真4)」「ミニねぶた(写真5)」「女性(写真6)」の3種類を発売してきました。現在「桜(写真7)」を作製中です。また特注品の注文も受けています。
営業活動はこれからになりますが、今回の受賞をきっかけにビジネスとして軌道に乗れることを期待しています。

 これまで多くの方のご援助、ご協力をいただきました。ホログラフィの世界を紹介してくれたコニカの木村凱昭さん。現像処理やテクニックを教えてくれた沼津高専の池上皓治先生。美しい作品と論文を発表されている京都工芸繊維大学の久保田敏弘先生。どう研究を進めるか教えてくれた(有)石川光学造形研究所の石川洵さん。HODICを紹介してくれた富士写真光機(株)の斉藤隆行さん。HODIC事務局の千葉大学の岡田勝行先生と酒井朋子先生。北海道職業能力開発短期大学校の佐藤龍司先生。緑光舎(宮城県)の加藤才治さん。アークホロスタジオ(札幌)の長谷部孝一さん。他にもたくさんの方の論文や書籍を利用しています。ありがとうございました。また、私が安定した職を捨てて未知の仕事に就くことを心から応援し、経済的にも支えてくれている妻、尚枝にこの場を借りて感謝します。
 私の作るホログラムが社会に役立ち、多少でも人々を幸せにできればとても嬉しく思います。そのためにこれからも微力ではありますが全力をあげたいと思います。今後もよろしくお願いいたします。


 写真7の桜は結局失敗して完成していません。これはお城と手前の桜を別々に原画撮影して合成したのですが、思ったように立体的に見えないのです。それどころか空間的に歪んでしまって無念の結果であきらめました。